暖かい季節。
春の暖かさを、そわそわせずにただただ心地いいと感じられるようになったことを、ああ、大人になったな、と思う。
トレンチコートがちょうどいい季節。マフラーがないと首の辺りが寒いかなと思ったけど、玄関を開けたら、ほんの少しだけもわっと暖気があって安心する。
子供たちは春休みのようで、団地を通るといつもは聞こえないピアノの音が聞こえた。昼間の電車にも、楽しげな若い声が溢れてる。
学生の頃、春の雰囲気が得意じゃなかった。
春になると勝手に環境が変わって、やっと形成できた心地いい居場所をまたゼロから作らなきゃいけないから。そして誰かとお別れしなきゃいけないから。
仲良くしてくれた先輩や憧れの先生が新しい場所へ行こうとする時、みんなが別れを惜しむのを、寂しい気持ちで見てた。ああ、先生は、私だけの先生じゃないんだよな。先輩にはたくさんお友達がいるんだよな。そして新しい場所でまた、私じゃない誰かの先輩や先生になるんだよな。
当たり前のことなのにそれをグッと見せつけられた感じがして、時間が流れていけば思い出が増えて、私との時間は忘れてしまうんじゃないかな、いやきっと私だって忘れてしまうのかも、と思ったりした。
大人になって、季節とは関係なく出会いや別れが巡るようになって。いつのまにか、春のそわそわを、懐かしく愛おしいと思えるようになった。
次の場所へ行く時、誰かとの思い出は必ず自分の土台になって、ついてきてくれる。簡単には思い出せなくなったとしても、全部私の中にあってなくなることはない。きっと私の大好きなあの人たちの中にも、どこかに小さく私がいるはず。
暖かい季節になった。寒さで縮こまっていた体を伸ばして、昨日までと変わらぬ一歩を大切にしようと思う。
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