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『ロマンス詐欺』なるものに引っかかった四十路の末路⑧@現在進行形-交番・警察署に駆けこむ・Ⅰ-

 かつて私は、シフト制の仕事をしていた。24時間、365日、どこかの時間に誰かに奉仕する仕事である。だから土日祝日、お盆、年末年始は関係なかった。そして一度、こういう職種を経験をすると、平日の昼間の娯楽施設の静けさが妙に心地よく、再び土日祝日休みの職場に戻った身としては、平日休みがあることにたいして憧憬を抱く。

 しかしいまは、土日が休みであることに安堵するようになった。
 基本的にぼくの相談を受けつけることのできる機関、警察署、消費者センター、弁護士会館……あらかた休みになるからだ。
 この間は何も考えなくていい……というわけにはいかない。しかし物事を整理し、今後の動きをどうするべきか考える時間には充てられるし、これまでの振り返りもできなくはない。そう考えると、平日働き、週末は休むというのは、とびとびに休みがあるシフト勤務よりは、ある意味理にかなっているのかもしれない。……あ、ぼくはいま休職中だ。休職中にとんでもない馬鹿をやらかしたたまぞうは、どうにか今日も生きてます。平然と友だちと遊びに行き、何事もなかったようにふるまっておりまする。(あ、いま「逃げ上手の若君」を見ていて、口調が思わず似てしまった)

 交番に駈けこむきっかけは、意外と単純だった。
 顔の知らない相手に脅されたでもなく、相手不明の着信が鳴りやまないわけでもなく、家にアジトから人が送られたからでもなかった。(しかしこれからは判らない……。三か月交信が途絶えたら、たまぞうは死んだか高飛びしたと捉えといてくだされ)

 預けたお金(仮想通貨)を引き出そうとしたら、なぜか引き出せず、さらにアメリカ連邦なんちゃらから、税金を利益の20%支払えというベタな要求を受けるという展開を迎えたからである。

 これは詐欺だと、さすがに鈍感なぼくでも気づいた。
 だれだよ、三万ドル預けたら、下ろせるといったじゃん!!
 だから借金して工面して自分の金なのに下ろせないってどういうこと??

 ……まぁ、偽サイトだから当然なんだけどね……。
 偽サイト上では500万円預けて、300万の利益が出ていることになっていて、その300万にたいして税金を払えと。

 もっと早く気づけ、過去のぼく。
 おかしいだろ。
 おまえはいま、何歳だ??
 いまから一つの歌詞を引用するけれど、お前はまったく成長しとらんではないか。
 
 昔、よく聴いていた男女ユニットPAMELAHって歌手がいたのですが、思わず浮かんだのが、『BLIND LOVE』という曲の一節である。

BLIND LOVE
"あいつには気をつけなよ"と
会う人 会う人 言いました
BURNING LOVE
"彼ほどカッコイイ人は
どこにもいないのよ"

あの日のわたしにケリ入れたい

(PAMELAH 5th single『BLIND LOVE』より引用)

 何度も何度もこの曲は聴いたけど、まさか未来の自分が、
過去の自分にケリ入れたくなる日が来ようとは考えてなかったなぁ……

まあ、この曲の歌詞の流れと、件の流れはなんとなく、
どこか、似ています。
気になる人は探してみてください。

 さて。
 どこに相談??
 とりあえず、交番??

 ……という、実に安易な語呂合わせで交番に行こうと思いたつも、
行き詰まる。なぜなら、ぼくの家の徒歩圏内に交番は二つあるからである。

 どちらに行こう、とここでしばらく思いを巡らせた。
 家の近くの交番か、家から少し離れているけれど、金融機関の隣にある交番か……、しばし悩んだ末に決めたのは、後者である。

「もしかしたら、金融機関の隣だから、詐欺事件とか手馴れてるんでないかい??」と実に安直、持ちこまれる側から見たらはた迷惑、しかし信じたら一途に突き進むたまぞう、とりあえずその交番に行くことに決める。

 新年年明けまだ五日。
 1月5日日曜日の出来事である。

 そしてもうひとつ、やったことがある。
 これは甚だ申し訳ないが、韓国語に関するすべての本をゴミ箱に捨てた。
 もっとも会ったことないので判らないが、相手が韓国人だったからだ。

 ぼくは日韓ワールドカップ開催前、まだ日韓関係が冷えこんでいた時代に、大学在学中に第二外国語で韓国語を学んでいた珍しい人間である。いまみたいに数多の韓国語学習本が溢れていて、「どれにしようか迷っちゃう」という時代ではなくて、その他外国語扱いで、本もたいしてなく、講義開講も週に一回の朝しかないという、いまからみたら考えられない、韓国語にとっては不遇の時代に韓国語を勉強していた。

 出会いを機に、もう一度学びなおそうと、ぎりぎり読めるハングル文字を復習したりしていた。これは追い追い書くが、こちらが日本語を教える代わりに、こちらが韓国語を学ぶという約束が、相手と交わされていたのだ。

 しかしいま、ハングル文字は、心底見たくない。
 言語に罪がないのは百も承知だが、消えてくれとさえ思う。
 たぶんこの先、学習することはない。
 むしろ20年くらい前に覚えたハングルの記憶もろとも、消えてくれ。
 アラビア語みたいに、まったく読めなくなる日、ウェルカム!!!!

 陳腐な憎しみをこめて、ゴミ箱に韓国語の本と辞典を投げ捨てて、さらに踏みつけて、ぼくは正月気分で落ち着いている街並みを平然を装い歩き、交番を目指した。古紙に回すのがもったいない。燃えてなくなれ。庭がある家に住んでいたら間違いなく焚書していたに違いない。それでも飽き足らず、残った灰にケリを入れてさらに粉々にしていたかもしれない。

 韓国人と韓国語にたいする呪詛と失った金額を唱えながら、やがて交番到着。
 が、すぐに問題が勃発する。
 ……誰もいなかったのである。
 どうする、ぼく。どうなる、ぼく。

 以下、生きていたら、続く。
 明日も生きていますように。

追記・韓国語には何の罪もありませんが、当時の心情を再現すべく、あえて上記の通り記しました。何度でもいいます。韓国語に罪はありません。だけどぼくは二度と学ぶことはないでしょう。

 




 

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