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躍る阿呆に見る阿呆~生きるか死ぬか、コインで決めよう~

はじめに

 本来なら小説家のサイン会やら、イベントの話やらで、自分の備忘録で始めたnoteも、昨年は全然更新できなかった。理由はひとえに自分の弱さもあるが、激変する職場環境に辟易し、文章を書くことはおろか、人生始まって以来「読書」すらできなかったのが原因だ。つまり小説家にたいするアンテナが立ちようのない一年を過ごしていた。
 かろうじて大阪で催された文士劇や、姫路で行われた門井慶喜さんの講演会には足を運んだが、結構記憶にはもやがかかっている有様である。願わくば、時が経過してから、霧が晴れてほしい。あともうひとつ願うなら、後年、ここに書いたことを笑い話にしたい。
 人生いつ何が起こるか判らないとは、よくいわれていることである。しかしそれを実感するのは、必ず「事」が起こってからのことであり、後悔先に立たずだ。実際、自分の人生3か月前は、正月にかようなことを経験しているとは想像もつかなかった。
 いまのぼくを簡単に記すなら、以下の通りだろうか。
 前述の経緯があり、現在は職場を休職中。預貯金も少ないので、銀行に頭を下げて、住宅ローンの返済も止めていただいている状況。大阪の片隅でひそやかに、うつ病と戦いながら(かなしいかな、この病は闘病していても、傍にはさぼっているようにしか見えないのも事実だ)、どうにかこうにか社会復帰を目指して生きている。……はずだった。
「だった」と過去形にしたのは、もちろん理由がある。のっびきならぬ事件がわが身に降りかかってきたのである。しかもかなしいことに、火中の栗を拾いに行ったのは、ほかならぬ自分なのだから救いようがない。いま、結構八方ふさがりである。しかし人間、追いこまれると無駄に踊りたくなるものなのだろうか、自分の場合は「書く」ことをふと思い立ち、記録を残すことで、なんとかこの世にしがみつこうと、いま、ほんとうに必死である。
 かつて読んだ小説にこのような一文がある。少し長いが、引用する。なお最後の一文は改変していることをご了解願いたい。

 (前略)
 あまりにも高みに上りつめすぎたために今さら下りるわけにもいかない、そもそも恐くて下りることができないと誰もが思いながらも口をつぐみ、男だけのフォークダンスを踊り続けた。
 しかし、そろそろ社会復帰は無理という色合いが濃くなり、これ以上男だけでフォークダンスを踊ると本当に後戻りできなくなる、一生このまま踊念仏の開祖にでもなるしかないという危機感が絶望的に漂う三回生の夏頃、私はつい抜け駆けをしてしまった。今でもその裏切りを思うとやや心が痛まないわけでもない。
 恥を忍んで書けば、私はいわゆる(以上、原文。以下、私の改変)「ロマンス詐欺なるもの」にひっかかってしまったのである。

(森見登美彦・著、新潮文庫『太陽の塔』p7-8より引用。一部改変)

 あと私は大学三回生ではない。40を超えたおじさんである。おっさんと書かないのは、なんとなくその言葉は悪意があるからであるし、何よりこれから書いていくことを「おっさんの気の迷い」で片付けてもらいたくない気持ちがどこかにあるからかもしれない。おっさんの踊りを笑ってくれて結構、しかし明日は我が身と記憶の片隅にとどめてもらいたいと思ったのが、これを書いたきっかけのひとつでもある。
 そして何より、まだ死にたくはない。久しぶりにいまさっきも、自死の二文字が頭をちらついたくらいである。
 いやはや、書いているだけでも恐ろしい。しかしそれだけ相手も言葉巧みで、人の心の弱点を突く、欲望につけこむ術はさすがと舌を巻くしかない。
 実際、自分なりに調べてみると、似たような事案は所々で起きているようではある。今日は試しに近くの交番に出向いて、結局どこに相談したらいいのかアドバイスをもらいつつ、事の経緯を説明したものの、「あまりにもややこしすぎるので、図面か文書に起こしてほしい」と泣きつかれるような有様であった。そりゃあ、新年早々、こんな話を聞かされたら泣きたくなるだろう。
 ところが、自分で調べてみると、これは自分の調査不足なのかもしれないが、「ロマンス詐欺なるものに引っかかって、いかにして克服したのか」という体験談を見つけることができなかった。やはり、ロマンスという言葉には後ろめたさがあるのだろうか。
 それなら自分が書いてやろうと思った。正直、失うものもそれほどないのであれば、被害に遭ったありのままの数字を、いつどのようにして費やしていったか、警察署に提出する書類の作成がてら書き残すのは、それなりに意味があるのではないかと考えた。

                                                                                                     (続く)


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