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意外と知らない腸脛靭帯という組織
皆様、初めまして。ライターの冨山信次といいます。普段は主に陸上競技とアルペンスノーボードのアスレティックトレーナーとして活動しています。自身が行った研究の中で勉強した事やスポーツ現場での経験などをお伝えできたらと思っています。よろしくお願いいたします。
私の方では数回に渡り、「腸脛靭帯」をテーマにコラムを担当させていただきます。最新の知見を基に考えてもまだまだわからない事が多い組織ですが、単なる解剖学だけでなく様々な視点からみることで少しずつその正体がわかってくるものだと思います。
マニアックな内容も多分にありますが、お付き合いください。
『腸脛靭帯の定義』
「腸脛靭帯って何ですか?」と聞かれたらどう答えますか?
私はセミナーなどで最初によくこの質問をするのですが、大半の人は「膝の外側にある靭帯」、「大腿筋膜張筋の停止部」と答え、詳しい方は「大腿筋膜の肥厚」と答える事が多いように感じます。これらはそれぞれ正解です。しかしながら、筋膜の肥厚したものは靭帯と呼べるのでしょうか?
筋の停止部分は腱となりますが大腿筋膜張筋には腱はないのでしょうか?
あるいは腸脛靭帯とは腱組織なのでしょうか?
近年、Fascia(日本語では筋膜と訳すことが多いです。)に対して世界的に注目が集まっています。しかしながら、Fasciaという組織について色んな方がそれぞれの定義上で話しており情報が混在していました。そこで解剖学雑誌として権威が高いClinical Anatomyという雑誌が2019年11月にFasciaの定義を発表しました。その中に腸脛靭帯についても改めて言及されていました。
そもそも、腸脛靭帯とは「大腿筋膜張筋および大殿筋に由来する筋膜の肥厚」と定義されていました 1)。しかし、2008年に有名な解剖学の教科書でもあるGray’s anatomyが筋膜と腱膜は明確に区別するべきだという提言をしました 2)。先述の2019年のClinical anatomyではそれを受け、腸脛靭帯を腱膜として分類することを選択しました 3)。そのため、現時点の腸脛靭帯って何ですか? 対する答えとしては「大腿筋膜張筋および大殿筋に由来する筋膜が肥厚した腱膜」というのが正解でしょう。
*とはいえ、不確かなもので今後も変更する可能性があります。
『腸脛靭帯の名前の由来』
最新の知見としては腱膜という認識で、その前は筋膜が分厚くなったものという認識でした。しかし、靭帯という名前がついています。なぜこのような事が起こっているのでしょうか?
靭帯組織としては膝関節の前十字靭帯や足関節の前距腓靭帯などが代表的です。それぞれACL (Anterior Cruciate Ligament)やATFL (Anterior Talofibular Ligament)と略されるように靭帯はLigamentという名称になります。一方、腸脛靭帯は英語でITB (Iliotibial Band )あるいはITT (Iliotibial Tract)と訳されます。Ilio-は腸骨の、Tibial は脛骨のという意味ですのでITBは腸骨から脛骨までの帯、ITTは腸骨から脛骨までの束という意味になります。海外の医療従事者やトレーナーと話すとIT BandやBandと呼んでいる事が多いように思います。このように腸脛靭帯は他の靭帯組織のように関節の制動を役割としますが、日本以外では靭帯として認識されていません。では、同じ様に関節制動を行う靭帯と腸脛靭帯は何が違うのでしょうか?
*以降、腸脛靭帯はITBと略して説明していきます。
『ITBの組成』
まずはミクロの視点でITBという組織を説明していきます。
ITBは腱や筋膜と同様に、Ⅰ型コラーゲン線維が縦と横方向に走ることで構成されていた 4)。その隙間にエラスチンなどの非コラーゲンタンパク質が存在し、組織としての弾性を確保します 5)。このエラスチンの割合は他の組織と比べても少なく、弾性率が高い。どのくらい弾性率が高いか検体を用いて調べると、股関節周囲の3つの靭帯(腸骨大腿靭帯・恥骨大腿靭帯・座骨大腿靭帯)と比べ、ITBの平均弾性率が約12倍も高いことがわかりました 6)。つまり、ITBは非常に伸びにくいが、伸ばされた状態から元に戻ろうとする性質を有していることがわかります。
ITBとACLの線維を顕微鏡レベルで比べると、ACLの線維は1本が太いのに対して、ITBは細い線維が多くみられた 7)。ITBの厚みは大転子周囲で約3.8mm、膝周囲で1~2mmであると言われている 8-10)。このような薄い組織で非常に強力な弾性を有するためには、靭帯と同じ構造では難しいのでしょう。
『大腿筋膜とITBの違い』
大腿筋膜は大腿部の筋群それぞれの間を走行し、表層の外側では当然ITBとも繋がっています。その境目は不明瞭でどこからをITBとして、どこまでを大腿筋膜と分けるかは判断が難しい所です。先述のSchleipらの報告では表層だけでなく、その下にある外側広筋に沿って深部に入り込む部分(外側筋間中隔に接する部分)までをITBだと認識している 3)。
そもそも大腿筋膜は縦走・横走・斜め①・斜め②の4種類の走行の線維が重なることで形成されている 11)。一方、ITBは縦走・横走の2種類の走行で形成されいる 4)。特に腸骨稜~大転子の区間では分厚くなっており多方向の線維が混在しており、大転子より遠位では縦走線維が顕著になっていきます。この腸骨稜~大転子までの分厚くなっている線維は膝関節中心から大転子を結ぶ線上に位置するとされており、安静立位での股関節内転に抗する構造になっていると推察されてる 12)。ITBの機能的な役割を考える際にこの立位での役割が大きなキーワードになりますが、ここについてはまた次回以降に解説したいと思います。
ITBは大腿筋膜が肥厚したものであるという考え方から、治療やケアに関しても似たようなものが選択されている事が多くみられます。しかしながら、それらは本当に効果的でしょうか?先述の通り、ITBは大腿筋膜と線維方向も異なり、股関節周囲の靭帯よりもはるかに強力な弾性率を持ち、筋膜よりも腱膜というべき特徴を有しています。そのため、近年ではITBに関連した障害への治療には腱障害に似たアプローチが検討されてきています。
『近年のITBに対するアプローチ』
拡散型衝撃波療法 (Radial Schockwave Therapy:RSWT) は近年、慢性的な腱障害や難治性の足底筋膜炎などに有効であるとして注目されてきました。日本の医療メーカーでも扱う会社が増えてきており、整形外科や治療院でも設置されている場所が増えてきました。腱膜様の組織であるITBにもRSWTが有効ではないか?という疑問のもとで少しずつ研究が進んできています。
今回、ITBとRSWTに関する2つの研究を紹介したいと思います。
1. 衝撃波療法と徒手療法ではどちらに除痛効果が大きいのか? 13)
ITBに関連する腸脛靭帯炎という障害を持っている人に対して、「RSWT+運動療法」群と「徒手療法+運動療法」群に分けて痛みの減少率をみた。介入開始前のジョギング時の痛みを100%とした場合の介入4週目・8週目の痛みの減少率を計測し、2群間で比較しました。RSWTと徒手療法は週に3回実施し、運動療法は家庭で毎日実施し、股関節外転運動やストレッチがその内容であった。
4週目と8週目ともに2群間での疼痛の減少率に差はみられなかった。つまり、RSWTは徒手療法と同程度の効果を有していると考察されている。この研究計画ではコントロール群を設定できていないのと、運動療法も加わってしまっている事、痛み以外の評価項目が測定できていない事が限界としてあげられる。
2. 衝撃波療法はどこに当てるのが効果的なのか? 14)
*こちらは論文雑誌ではなく、Johannesburg 大学の博士論文を参考にしています。
ITBは近位では大腿筋膜張筋や大殿筋から派生している組織であり、当然それらの組織の影響も受ける。腸脛靭帯炎を発症している男女30名に対してRSWTを①ITBのみ、②大殿筋+大腿筋膜張筋、③ITB+大殿筋+大腿筋膜張筋にそれぞれ当てた条件で主観的疼痛と筋硬度を比較した。週に2回のRSWTを実施し、初回・4回目後・7回目後にデータを測定した。
主観的疼痛は各群でそれぞれ初回より4回目、4回目より7回目で減少しているが、3群間に差はみられなかった。筋硬度は1回目と7回目を比べると①ITBのみ群は大殿筋と大腿筋膜張筋で低下していたのに対して、②大殿筋+大腿筋膜張筋 群と③ITB+大殿筋+大腿筋膜張筋 群ではITB・大殿筋・大腿筋膜張筋のそれぞれで低下がみられた。この研究でもコントロール群が設定されていない事、RSWT以外の要因を排除しきれていない。
2つの論文は不十分な研究計画という点もあるが、「RSWTは腸脛靭帯炎にも有効かもしれない」、「RSWTを使用するならITB自体でなく、起始となっている筋へのアプローチが必要かもしれない」という課題の提起にはなるかもしれません。
残念ながら、ACL損傷や足関節捻挫といった重症度・発生頻度の高い障害と異なりITBに関連した障害はそこまで研究が進んでいません。その中でも本コラムでは少しずつITBという組織について解説をしながら、日ごろの治療やリハビリに関わるものを紹介していきたいと考えています。(とはいえ、最初の数回は基礎知識の話がメインとなることをご了承ください。。。)
【引用文献】
1) Birnbaum K, Siebert CH, Pandorf F, Schopphoff E, Prescher A, Niethard FU (2004) Anatomical and biomechanical investigation of the iliotibial tract. Surg Radiol Anat 26 (6): 433-446
2) Susan Standring (Eds.) (2008) Gray’s anatomy: the anatomical basis of clinical practice, expert consult 40th edition. Churchill Livingstone
3) Schleip R, Hedley G, Yucesoy CA (2019) Fascial Nomenclature: Update on related consensus process. Clin Anat 32(7) 929-933
4) Hammer N, Huster D, Boldt A, Hadrich C, Koch H, Moblus R Schulze-Tanzil G, Schelidt HA (2016) A preliminary technical study on sodium dodecyl sulfate-induced changes of the nano-structural and macro-mechanical properties in human iliotibial tract specimens. J Mech Behav Biomed Mater 61: 164-173
5) Thorpe CT, Birch HL, Clegg PD, Screen HR (2013) The role of the non-collagenous matrix in tendon function. Int J Exp Pathol 94(4): 248-259
6) Lozano PF, Scholze M, Babian C, Scheidt H, Viemuth F, Waschke J, Ondruschka B, Hammer N (2019) Water-content related alterations in macro and micro scale tendon biomechanics. Sci Rep 9: 7887
7) Schwarz S, Gogele C, Ondruschka B, Hammer N, Kohl B, Schulze-Tanzil G (2019) Migrating myofibroblastic iliotibial band derived fibroblasts represent a promising cell source for ligament reconstruction. Int J Mol Sci 20(8)
8) Wang TG, Jan MH, Lin KH, Wang HK (2006) Assessment of stretching of the iliotibial tract with Ober and modified Ober tests: an ultrasonographic study. Arch Phys Med Rehabil 87(10): 1407-1411
9) Gyaran IA, Spiezia F, Hudson Z, Maffulli N (2011) Sonographic measurement of iliotibial band thickness: an observational study in healthy adult volunteers. Knee Surg Sports Traumatol Arthrosc 19(3): 458-461
10) Khoury AN, Brooke K, Helal A, Bishop B, Erickson L, Palmer IJ, Martin HD (2018) Proximal iliotibial band thickness as a cause for recalcitrant greater trochanteric pain syndrome. J Hip Presrv Surg 5(3): 296-300
11) Otsuka S, Yakura T, Ohmichi Y, Ohmichi M, Naito M, Nakano T, Kawakami Y (2018) Site specificity of mechanical and structural properties of human fascia lata and their gender differences: A cadaveric study. J Biomech 77(22): 69-75
12) Benjamin M, Kaiser E, Milz S (2008) Structure-function relationships in tendons: a review. J Anat 212(3) 211-228
13) Weckstrom K, Soderstrom J (2016) Radial extracorporeal shockwave therapy compared with manual therapy in runners with iliotibial band syndrome. J Back Musculoskelet Rehabil 29(1): 161-170
14) Lunn AB (2019) Shockwave therapy of the gluteus maximus and tensor fascia lata versus iliotibial band in patients with iliotibial band syndrome. University of Johannesburg Dissertation (未公刊)
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