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【正期産児編】ビリルビン脳症と交換輸血をなんとしても防ぐ。黄疸管理の原理・原則その2

  さて、ビリルビンが増えすぎると何が悪いのか。ヘムから作られた最初のビリルビン=非抱合型ビリルビンは脂溶性、と述べました。脂溶性ということは脂肪の多いところになじみやすいということです。人体で脂肪の多いところはどこでしょう。皮下脂肪や内臓脂肪ですね。赤ん坊にはメタボな大人のような内臓脂肪はありませんので、ビリルビンが増加すると皮下脂肪に沈着して皮膚の黄疸につながることになります。眼球結膜も同様です。その他の臓器で脂肪の多いものが脳神経組織です。脳の60%は脂質で構成されています。脳には血液脳関門があり脳内に不要な物質が入り込まないようになっていますが、それはあくまでも水溶性物質の話であり、脂溶性物質は水俣病の原因である有機水銀やシンナーのような有機溶媒のように残念ながら血液脳関門を通過してしまいます。非抱合型ビリルビンも同様に、血液脳関門を通過し脳組織に移行し沈着します。ただし、血液中ではほとんどの非抱合型ビリルビンはアルブミンと結合して水溶性の形で肝臓に運搬されます。アルブミンと結合できていない非抱合型ビリルビン=遊離ビリルビン(アンバウンドビリルビン)のみが脳組織に移行します。遊離ビリルビンの濃度は総ビリルビン0-20mg/dLに対して0-1.0μg/dLくらいと数万分の1程度のわずかな量しか存在していませんが、神経毒性があります。ビリルビンの脳組織への沈着による神経症状を「ビリルビン脳症」と呼びます。かつては核黄疸とされていましたが、これは病理学的に基底核にビリルビンが沈着して黄染していた所見から名づけられたもの(下図)で、現在はビリルビン脳症(急性ビリルビン脳症、慢性ビリルビン脳症)という表現をします。ビリルビン脳症の症状はPraagh分類I-IV期に分けられます(表1)。

表1.ビリルビン脳症の臨床症状(van Praagh, 1961)

I期 筋緊張低下、嗜眠傾向、吸啜反射減弱、モロー反射減弱:2-3日以内
II期 痙性症状、発熱、甲高い鳴き声、落陽現象、後弓反張、痙攣:3日-2週
III期 痙性症状の消退:2週-2か月
IV期 錐体外路症状、アテトーゼ、難聴、上方凝視麻痺、歯牙形成不全:2か月-永続 

核黄疸の脳組織 基底核の黄染がみられる

 I期の症状は傾眠、活気不良、哺乳不良です。この段階で治療できれば哺乳力も改善し後遺症を残すことはありません。ここから数日経過するとII期に入り、易刺激性が強く、筋緊張も異常に亢進した状態になります。採血で手背を持って腕を伸ばそうとした際にやけに腕が伸びにくい抵抗感があったりします。II期に入るとABR異常(波形異常、潜時延長)も伴い、治療不十分だと後遺症を残します。早期に治療を受けるとABRは正常化しますのでII期のビリルビン脳症の場合にはABRの正常化を確認しておくことが望まれます。核黄疸を起こしている場合でも発症早期にはMRIでの異常は検出されず、生後6-12か月(9か月前後がよい)というごく限定された時期のみT2強調画像で淡蒼球を代表する基底核の高信号がみられます。ビリルビン脳症を起こした場合、アテトーゼのような明らかな症状を伴わない場合でも、軽い後遺症として指先を使った巧緻運動障害がみられる場合があります。ですから新生児の高ビリルビン血症の治療の重要な点の一つ目は「少なくともビリルビン脳症のI期の時点で気づいて治療を行う」ことです。

 高ビリルビン血症の治療は2つあります。一つはみなさんご存じ「光(線)療法」です。もう一つは「交換輸血」という血液を入れ替える治療です。かつては溶血性黄疸も多く、月に2-3回は交換輸血を行っていたような時代もありましたが、現在は交換輸血に至る症例はほとんどありません。一番大きな要因はRh不適合による溶血性黄疸が産科での抗Dグロブリン予防投与によりほとんど見られなくなったことでしょう。
 交換輸血は動脈から脱血し、同量の合成血を静脈から送血し、全血液量の2-3倍を入れ替える治療法です。これにより血液の90%を合成血に入れ替えることができます。交換輸血は黄疸以外にも敗血症性ショックや止血困難な出血でも行うことがあります。では黄疸治療のために行う交換輸血の考え方を簡単に説明します。
 ビリルビンのほとんどはアルブミンと結合しています。ビリルビン脳症が現れるような高ビリルビン血症、すなわち脳組織に大量の遊離ビリルビンが移行している状況において、アルブミンとビリルビンの結合はすでに飽和しています。ですので、脳組織内のビリルビンを回収する方法は、飽和しているアルブミンからビリルビンを"安全な"形で遊離させて結合可能なアルブミンを増やすか、新しいアルブミンを供給して結合可能なアルブミンを増やすかのどちらかです。ビリルビンを短時間で血液外に排泄させてアルブミンの結合部位を空けるということは難しいですから、最も単純かつ簡単な方法はアルブミン輸血です。交換輸血を行う場合にはアルブミン輸血をまず行い、可能な限りビリルビンを結合・回収させた上で、血液を入れ替えることで新しいアルブミンに入れ替えます。それにより新たなアルブミンが脳組織内のビリルビンを回収できるようになるのです。新生児専門医でも誤解している人が多いのですが、黄疸における交換輸血の目的は、血中ビリルビンの直接除去ではなく、アルブミンを交換することなのです。ですから黄疸に対するアルブミン投与という治療法は、原則交換輸血を前提とした治療法になります。交換輸血は血液製剤を使います。輸血は最も簡単に行える臓器移植です。いまでこそ輸血によるGVHDは放射線照射により起こらなくなりましたが、感染症含め極力血液製剤の使用は減らさなければなりません。新生児の高ビリルビン血症の治療のもう一つの重要な点は「交換輸血にならないように治療する」ことです。そのために早期にビリルビン脳症I期かI期になりそうな子を拾い上げて、次に説明する光療法を開始するようにしなければなりません。
 さて、光療法は産科でも小児科でも絶対に知っておかなければならない黄疸の基本的な治療法です。光療法は窓際にいる新生児の方が黄疸が軽くなるというところからイギリスで偶然発見された治療法です。その後の様々な研究によって、ビリルビンに関する化学的な性質が明らかとなりました。光療法は光の届く皮下に沈着したビリルビンにのみ効果を示します。血管内のビリルビンには効果がありません。ですから溶血性貧血が原因の早発黄疸では、血管内のビリルビンは多くても皮下脂肪に沈着したビリルビンがまだ少ないため、光療法を行っても初めはビリルビンは上がります。溶血速度が大きい場合には光療法を強化しても追いつかず、遊離ビリルビンが交換輸血基準を超えてきたり、急性ビリルビン脳症の症状が出たりするような場合には溶血の原因に合った血液を準備して交換輸血に踏み切らざるを得ません。ただし、Rh不適合のような溶血速度の大きい溶血性黄疸は滅多にありませんので、早期に発見して強化光療法を行うことでほとんどの場合は交換輸血を避けることができます。
 ビリルビンは青色と緑色の2つの光をよく吸収します。最も吸収度が大きいのは青色の波長の光です。最大吸収波長=最も有効、という前提から青色の波長の光による光療法が発展しました。かつては蛍光灯であり紫外線領域に近い波長の光も含まれていましたので、発がん性、目や性腺への影響が懸念されていましたし、体温上昇も問題となっていました。今はLEDになりましたので、体温もそれほど影響を受けず紫外線領域の波長も含まれないようになりました。青色の光が当たるとビリルビンの立体構造が変化し水溶性になります(下図)。水溶性になることで胆汁排泄のほか、尿中排泄ができるようになります。ですので光療法中には排便のほか、排尿も促す方がよりビリルビンが低下しやすくなります。輸液を併用することがあるのはLED以前の光療法は熱がこもりやすく不感蒸泄が増えるためという理由もありましたが、現在はもっぱら尿量を増やす目的で行われます。糖液では血管内容量は増加しませんのでNaを含んだ1号液や細胞外液が適しています。青色波長の光療法は有効であることは明らかですが、欠点があります。それはいわゆるリバウンドです。図に示すように青色の光によるビリルビンの構造変化は可逆性です。消化管に排泄されたビリルビンは元の形にすぐに戻り腸肝循環のサイクルに入ってしまいます。
 緑色の光は香川大学の先生が昔から推しており、高ビリルビン血症の治療に関しては青色の光に劣るところもなく、しかも環状構造になるという大きな構造変化が起こり不可逆変化(下図:シクロビリルビン)ですので、リバウンドすることなく速やかに尿中・胆汁排泄されるという優れものです。腸肝循環によって元の形に戻るということもありません。
 蛍光灯の時代には緑色の治療機がありましたが、LEDに切り替わったところで、トーイツのベッド型治療機を除いて、青色の治療機しかなくなってしまいました。ベッド型の治療器はいかんせん光量が足りません。光療法の効果は光の強度と当たる面積に依存しますので、光量の足りないベッド型のみでは黄疸の治療が十分にできません。香川大学の先生が長年緑色の光療法に関して真っ当な報告と主張を積み重ねているにもかかわらず、最大吸収波長=最も有効という前提をひっくり返すことは認めてもらえません。治療機器の製造会社も世界で売れることを考えて作らなければならないため、主流ではない緑色光では世界市場で買ってもらえないという現状がありますから青色の治療機しか作りません。欧米人は黄色人種の言うことを軽視する傾向があるのは昔からで、私の師匠が海外で20週台の壊死性腸炎の救命率と予後を報告したときに、そんなに救命率がいいわけがない、診断がそもそも違うんだろう、といわれまったく聞いてもらえなかったことがありました。緑色の光の反応は不可逆的でリバウンドがありません。青色の光療法を行うと尿中に緑色の光療法の産物であるはずのシクロビリルビンの上昇がみられますが、血液中にはシクロビリルビンがみられません。ここからわかることは青色の光療法でも尿中排泄の主体はシクロビリルビンであること、そしてシクロビリルビンは速やかに血液外に排泄されているということです。最大吸収波長=最も有効という前提が崩れており、理論的にも実際にも効果があることがわかっているにもかかわらず、緑色の治療機がなくなってしまった現状は非常に嘆かわしく思います。少なくとも日本の企業であるアトムは、国内向けだけでもいいので緑色の光療法機の作成をやめてほしくありませんでした。

青色光による変化は可逆性
緑色光による変化は不可逆性かつシクロビリルビンは血液中から速やかに除去される

【極論かましてよかですか】
 新生児黄疸管理の目標は「ビリルビン脳症II期にさせないこと」と「交換輸血を避けること」
 光療法は皮下のビリルビンにしか効かない
 光療法中は排尿排便を促せ
 交換輸血の準備中にアルブミンを入れておけ


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