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【連載】監査法人の本質思考

第1回 棚卸立会の本質思考


Mパートナー:おー、たしか2月入社の山崎か。相変わらず初々しいなぁ。で、棚卸立会の結果はどうやった?なんか発見事項はあったか?

新人・山崎:・・・(どうしよう、なんて答えよう。ってか、僕が棚卸にいったことご存じなんだ。何もなかったけど、何もなかったと言っていいのだろうか・・・・)

20X1年4月2日、事務所の会議室で、キャスト社の監査チームは期末監査に向けた論点の確認ミーティングをしていた。Mパートナーから、2月に入社したばかりの新人の山崎に質問が飛んできた。
この会議では、期末監査の主要論点をざっとチーム内で確認し、期中の監査手続きと合わせ、期末監査での手続きを確認する場だ。イケてるパートナーによくあるが、突然、質問が飛んでくる。しかも、役職は関係がない。いきなり新人にも直接質問がきて、説明責任(Accountability)を求められる。さぁ、どうする山崎。

【壮大な前置き】

さて、改めて、本連載記事について説明しよう。

本連載記事は、干支が一回りした筆者の監査生活を通じて得た「監査法人の本質思考」について、若手公認会計士の方から経験を積んだマネジャーの方など、幅広い公認会計士、また、これから公認会計士を目指している方、さらには監査法人と対峙される経理の方々に、監査法人のリアルを描写することにより、監査を通じて得られるものは一体なにか、また、どうやったら得られるのか、ということをお伝えしたく、執筆している。

簡単に私の経歴をご説明する。

大学3年で公認会計士試験に合格し、その後、大手監査法人に入社、売上高が数兆円のグローバル企業(US-GAAP・IFRS)の監査チームでインチャージ・EMを経験し、ニューヨークに赴任したというのが監査経歴だ。その後、キャリアを抜本シフトし、監査の世界から飛び出し、2050年ネットゼロ社会形成のために、財務戦略のコンサルを行っている。客観的にいって、監査のキャリアとしてはかなり王道をいっており、このままパートナーへ昇進し、グローバル企業のサイナーになるというのが定石だろう。それでも敢えてキャリアシフトをしたのは、それ相応の覚悟からきている。

しかし、振り返ってみれば、監査を通じて考え切ってきた得たものは非常に大きい。それを一言でまとめると「本質思考」ということになる。この「本質思考」というのは、ビジネスを行う上で、どんな場面でも役に立つ。私には、心から唯一尊敬していたMパートナーという方がいるが、彼は、監査の中で頂点に達する方であった。

もし彼が、経営コンサルをしていても、ベンチャー企業をやっていても、なんでも成功していただろうと思う。ニューヨークに赴任した際に、Mパートナーを知るニューヨーク事務所の監査パートナーも、私がコンサルにキャリアシフトをするという相談をした際に言っていたが、「もしMさんが、コンサルをしていても、絶対成功してるやろ。物事を本質的に突き詰めるという動作は一緒なんですよね、どんな仕事も」と。Mパートナーは海を越えてもその評価は確固たるものだった。

そこからわかるように、監査には「本質思考」という性質がある。平たく言うと「結局これはなんなの?」ということだ。これを1場面、1場面、ひとつひとつ、積み上げていく。その積み上げの繰り返しが、振り返ってみると、経験値として雲泥の差になっている。

ただ、この本質思考がやっかいなのは、仮に適切な指導者がいないまっさらな状況の場合、①本質思考を元から心得ている人、②本質思考ができない人、という極端に2分化される性質があることだ。私の本来の性質は後者だ。しかし、適切な指導者がいたため、指導により、その思考方法が是正され、物事の本質を考えることが癖づいた。

ここで最も言いたいのは、「本質思考は、誰かが適切に指導し、自身が意識し続ければ、後天的に身につけることが可能」ということだ。私にとってはMパートナーとの対峙(ある意味、バトル)を通じて、この考え方が染みついていった。5年という期間を共にしたが、時には厳しく、いや、ずっと厳しく指導をいただき、くらいついていった。改めて感謝を申し上げたい。ここで補足するが、私の文章を読むと誤解を与えるかもしれないが、決して監査法人は徒弟的なものではなく、それぞれがプロフェッショナルとして尊重されるフラットな性質も持つ組織だ。

【監査法人の本質思考は、“通用する”】

ここで、監査を通じて得た本質思考が通用した場面を2つあげておく。1つは、ニューヨークという海外においても通用したこと、もう1つは、コンサルタントとしても通用しているということだ。

ニューヨーク赴任時は、監査チームに所属し監査をしていた。私のチームは、パートナーがイタリア系、その下のマネジング・ディレクターがロシア系、その他のエンゲージメントマネジャーやシニア・スタッフは、インド系、中国系、ジャマイカからの駐在員、ニューヨーク生まれの白人という極めて多様なメンバーの中に、唯一の日本人として私がいた。やはり駐在当初は、相手も私の様子をみながらで降りてくる仕事の量も質も大したことがなかったが、半年がたったころには、頼りにしてくれるようになった。というのも、監査の進め方やコミュニケーション方法、そして、監査イシューの解決方法について、1つ1つの場面で、本質的な示唆を与えることを意識し、進めていったことが良かった。

ニューヨークでは、日本と決定的に違うところがある。それは、それぞれの作業では、品質よりも、スピードが重視されることだ。1回で70点の回答を出すより、40点を1日早く出す方が評価が高い。これは、品質を高めるための仕組みが異なることを主因としている。この辺りは、海外駐在編の中で詳しく述べるとして、この仕組みに気付くことも「本質思考」が使われる(私の場合は、正直あまり意識していなかったので、ニューヨークでの恩師が気づかせてくれたのだが)。

また、監査から離れ、コンサルタントとして仕事をする中でも「本質思考」は必須だ。コンサルタントは、クライアントの悩みを解決することが仕事だ。ここには、「クライアントの悩み」と「解決すること」の2つの要素がある。本質思考は、両者において使われるし、もっというと、この2分化も本質思考の1つだ。悩みは何なのか?これは、表面的な話ではなく、深堀をする中で、根本的な原因を究明することである。根本原因を究明するには、クライアントの言葉から、クライアントの経営課題の本質を思考していくこととなる。まさに本質思考が使われる。解決すること、についても、本質的にあぶりだされた経営課題を解決する示唆に富んだものでなくてはならない。そこでも、本質思考は生きてくる。

私は、キャリアシフト後4か月で、クライアントと対峙し、提案から、ジョブ全体を推進し、クライアントの経営課題を解決するサイクルを身に着けることができるようになった。
これは、本質思考を応用させたといえる。感覚的には、監査のときとやっていることは変わらない、という感じもした。それが、監査なのか、コンサルティングなのか、という表現の仕方が違うだけで、根本は同じ、と感じている。

以上のように、監査をどっぷり経験していけば、確実に、いろいろなビジネス場面で人々の役に立つ仕事ができるようになり、それが信頼につながる。

そう考えると公認会計士の文脈では、監査一筋というのも悪くないし、監査を経験した後、それ以外のキャリアに進む、というのも悪くはない。ただ、「本質思考を身につけようとする」ことが大前提となる。身につくまでの時間は人それぞれだろうが、try to learnが大切なのだ。そして、公認会計士としてのキャリアの王道である監査を極めてきたものとして、次第に、今までの監査を通じて得たものを後輩や幅広い皆様の成長の一助になればと思ってきた。私のように恩師と出会える方もいれば、もがき苦しみ自分で考えている方もいると思う。本であれば、幅広い方にメッセージを伝えることができるのでは、と信じて執筆している。私の場合は身に沁みつくのに時間がかかったが、本来は、新人の初日から発揮は可能だし、いわゆる優秀な方というのは、それが先天的にできているということになる。

このような経緯から、本シリーズを執筆するに至った。本シリーズでは、私が過去の経験を通じて得た本質思考を6つの具体的なシチュエーションにより、説明していこうと思う。

各シチュエーションはできるだけリアリティを出すような設定としているが、くれぐれも、クライアント設定や登場人物設定も含め、全くの架空であり、フィクションであることを強調したい。私の執筆の便宜上、チームに登場してくるパートナーはMパートナーとしているが、私の恩師の発現とは関係がなく物語を設定している。

この連載を通じて、少しでも監査のリアルを知ってもらい、本質思考を指導するメンターとなるような本となれば筆者としては、非常にありがたい。

前置きは以上として、早速、第一回の「棚卸立会の本質」に話を戻すこととしよう。

【監査チームの概要】

ここで改めて監査チームの設定を確認する。
監査クライアントであるキャスト社は、グローバルに展開する大手飲料メーカーで、売上高5,000億円、営業利益250億円、総資産6,000億円の会社だ。子会社は、国内、アメリカ、中国、シンガポール、ヨーロッパに合計10社あり、持分法適用会社が2社ある。海外比率は、日本7割対海外3割で、海外M&Aを含め、海外比率を伸ばしてきている。直近では、2年前にインドの地場飲料メーカーを1,000億円で買収している。
注)本記事にでてくるキャスト社は架空の会社でありフィクションです。

さあ、冒頭の場面の続きに戻ろう。

【棚卸立会の本質とは?】

沈黙する山崎をかばうように、後藤EMが口を開いた。

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