日本語教員試験2024体験記(「to不定詞の念仏」編)
この記事は、「日本語教員試験体験記」の第25回です。
前回までの記事は、noteのマガジンにまとめていますので、合わせてお楽しみ下さい。
「祇園精舎の鐘の声〜」が聞こえる町の学習塾
ここでいう「町の学習塾」とは、いわゆる都会の大手進学塾とは異なる立ち位置の、補習的な学習サポートを中心とする学習塾として話をしていきます。どちらかといえば、勉強が苦手な中学生が多い塾を想像しておいてください。
このような塾では、塾に通う中学生全員に共通のカリキュラムで授業をすることはなかなか困難です。入塾する時期もそれぞれ異なれば、学習進度がバラバラですので、「集団指導」形式で予定通りの授業は組めません。だからこそ最近では「個別指導」を売りにした塾が増えていて、個人のニーズに沿った学習サポートができるということが顧客側にとってはありがたいものに感じるところでしょう。
一応この日はこの勉強をするというようなカリキュラム、シラバス的なものも用意はしているそうですが、定期テスト前になると事情が変わります。すなわち、中学生の保護者から「定期テスト対策をやってほしい」というリクエストがたくさん寄せられるので、各地域、各中学校、各学年に合わせた定期テスト対策に絞った授業となっていくんですね。
私がアルバイト塾講師をしていたときに一番印象深かったのは、国語科目「平家物語の暗唱」です。教育指導要領にあるのでしょうね。私も中学二年のときに経験があります。「祇園精舎の鐘の声〜」のところを授業中のテストで暗唱しなければなりません。これにクリアしないと、成績の評定が下がることは間違いないです。5の実力があっても4に、4は3に、3は2に・・・と思えば、対応せざる得ません。私は風邪を引いて休んだ翌日、いきなりテストということを知り、他の人がテストしている間に必死で覚えてチャレンジ。一回は失敗しましたが、二回目でなんとかクリアしました。こんなもの覚えて何になるの?というのもありますが、ただ覚える、暗誦するというのは、中学生の段階では一度はやっておいていいものかなと今でも思っています。
町の学習塾では、この暗誦テストのために必死で準備します。20人くらいの教室で、塾講師が必死で「祇園精舎の鐘の声〜」を読み上げます。中学生も、まじめにやる者、ふざけてやる者と様々ですが、頑張って覚えます。安くはない月謝なのですが、まあ、顧客のニーズに沿っているのなら、ビジネスとしては成立するわけですね。
「不定詞の三用法を唱える」英語講師
続いて、英語です。中2クラスでしょうか。定期テストの範囲は「不定詞」です。不定詞は、一般に「to不定詞」という呼び方が有名です。toの後ろにつく動詞は「原形(活用していない形・辞書形)」で、これによって様々な表現ができます。名詞的用法、形容詞的用法、副詞的用法などです。
名詞、形容詞、副詞、という概念は、今後高校入試や大学大学入試に向けて勉強していく中で、基礎的ですが非常に重要なものです。日本語を理解する上でも、英語のとの比較をする上で、この文法用語をしらないと細かい説明ができません。中学生の段階で理解しておくことは、英語をすぐに話せるようになるかどうかは別として、学習上の武器として意義があることは、あらかじめ強調しておきます。
「使える英語」とか「話せるように」とか、英語教育・英語学習には様々な理想があります。子どもを英語塾に行かせる親の心境としては、高いお金を払ってでも、子どもに英語ペラペラになってほしいという願いを込めています。だからこそ、高い月謝を払うというものです。しかし、現代はだいぶ違うのかもしれませが、すくなくとも私が知っている時代の中学校の英語のテストはこうでした。
答えはもちろん、「名詞的」、「形容詞的」、「副詞的」と書かなければなりません。しかも漢字です。漢字でこれを書けないと、英語科目の試験で点数が取れないのです。令和の時代においては「んなアホな」とお思いの方もあるかもしれませんが、事実、こんな試験が出ていたのです。日本語教師側、国語教師的にはいいぞいいぞ、なんですが、英語の授業でこんな試験でいいの?というのは、賛否が分かれるところでしょう。
町の学習塾は、中学校の定期試験の内容的な妥当性はどうでもいいのです。お客様が求めるサービスを提供するのみです。とにかく、この不定詞の三用法を覚えさせなければなりません。念仏、お題目といわんばかりに、オーディオリンガル・メソッド的な授業が展開されます。以下、TはTeacher(教師)、SはStudent(生徒)です。
この英語の先生、授業は上手です。中学生の心を掴んでいますし、実際に覚えて、試験でも書けたそうです。しかし、英文学士として英語教育をなんとかしたいと思っていた若き頃の私。あたまがクラクラしたのは言うまでもありません。
to不定詞の謎
そもそも「不定詞」とはなんでしょうか。スペイン語などのでは「動詞の不定形」と表現されます。「原形」という言い方もされます。国語でいえば「終止形」、日本語教育で言えば「辞書形」で、動詞の活用されていない形、料理で例えれば、焼いたり蒸したりなど、まだ加工していない生の魚のような状態の動詞のことです。私は「不定詞形」という言い方がしっくりきます。
toとはなにかというと、「前置詞」です。I go to school.のように、「名詞」の前について、「〜へ」や、「〜に対して」という方向的なイメージを想起できます。toの後に動詞の「不定詞(形)」が来て、様々な表現をつくることができます。この用法のことを英文法では「to不定詞」と呼んでいるわけです。
高校の英語になると、toの後ろが「不定詞」とは限りません。look forward to (ing型)で「〜することを楽しみにしている」となります。このとき、toの後ろは「動名詞」です。先生はこういいます。
学習者としては、toが「不定詞」や「動名詞」など、後に続く動詞の形が変わるので、細かく覚えていかなければなりません。受験英文法とはかくも恐ろしいものですが、TOEICなどのテストでも基本的なこととして問われてくるので、語法・用法として、「不定詞」なのか「動名詞」なのかの識別は重要です。
問題は、「to」そのものを「不定詞」と学習者が勘違いしてしまうことです。先生は「to不定詞、to不定詞、to不定詞、to不定詞・・・」と唱えるので、「to」が不定詞と思ってしまうんです。まぎれもなく、「to」は前置詞で、英英辞書にも「toは後ろにくる動詞が不定詞であることを示す」と書いてあります。toの後ろが「動名詞」の方がむしろわかりやすく、名詞の仲間来るんだなと、「動名詞」という字面から想像できます。私は「to不定詞」と刷り込んだ英語の先生の罪は重いと思います。正確には、to「と」不定詞の用法だと、語と語の間に埋め込まれた日本語の格助詞を説明するべきでした。
高校一年生のとき、勉強ができる友人に質問しました。
この友人、きちんと先生の言う通りに理解しています。参考書や問題集の解説もそう書いてありますから、そうなんでしょうね。しかし、私は「toは不定詞じゃないだろ」と苦悶したのです。
「不定詞」や、「動名詞」などは、気づけば「準動詞」というカテゴリの中で語られていることに気づき、学習者としては「準」って何?ということにうっすらと疑問を抱きながらも、ひたすら単語と熟語を覚えることに勤しみます。「1文1Vの法則」、「句」、「節」などの概念を体感的に習得していけば、「準」であることの意味はわかってくるのですが、中学校から高校一年にかけてはなかなか厳しいところです。
まとめ
今回も、英語科目における日本語に注目してきました。わかっている生徒からすれば、何も問題ではありません。しかし、世の中には成績が「中」の生徒の方が多いものです。その生徒を惑わす原因が、英語そのものではなく日本語だった。日本語教師的にはPPP(導入、練習、応用)という流れが染み付いているので、学習者が理解していなさそうなことについては徹底して「導入」します。英語科目で怖いのが、「日本語」の部分を「わかっていて当然でしょ」として、詳細の説明はおろか「導入」さえしないということです。私からしたら、「自分で勉強しているものとみなして、どんどん授業を進めるぞ」なんてありえない感覚です。「ing形」にしても、アメリカとイギリスの英文法の学会では「動名詞」派や「現在分詞」派でケンカしていると聞きます。あちらはあちらで一筋縄では行かない世界。日本語にもってくる段階で導入を誤魔化すのは、危険極まりないのです。
あくまでも、これは私の個人的な経験に基づくものです。この先生の授業で英語の成績が伸びた!という事例の場合は、英語そのものに加え、日本語の扱い方がうまいのだろうと思います。日本語教師目線で言語教育を考えたときに、日本語を母語とする話者に対して日本語教師ができることが、かなりあるのではないかと思います。
「不定詞」についてはもっと書きたいことがあります。「原形不定詞」なる用語については特に、いじらないではいられません。また、折をみて、日本語教員試験対策と関連付けながら触れていきたいと思います。
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