結晶のシャベルを持つコガネムシ
土を掘ったり雪をかいたりするシャベル、みなさん人生で一度は使ったことがあるでしょう。
たいていは金属でできた大きなスコップといったイメージのシャベルですが、そんなシャベルのような構造を頭に着けているコガネムシがいるそうです。
さらにそのシャベルはしっかりと固い結晶でできているというのも驚きです。
今回はそんな結晶のシャベルを持ったコガネムシについて紹介したいと思います。
シャベルを持ったコガネムシ
今回紹介するのはAfrican Flower Scarabという名前のコガネムシの一種です。
ちょっと日本では見ないタイプ模様をしていますが、注目するのは頭の構造です。それも頭の表面の薄いところだけが今回の研究の注目点なんです。
後ほど簡単に紹介しますが、NEXAFSという手法を使ってコガネムシの頭の元素分を調べたところ面白いことがわかりました。
こちらを見ると、窒素とカルシウムの存在を示す明るいところが頭の淵の部分にあることがわかります。これは頭部の淵の部分にアラゴナイト結晶とタンパク質が集まっていることを示しています。※
同様に電子顕微鏡とEDXを用いた元素分析でも、カルシウムの存在が明らかになっています。
ただ、電子顕微鏡とEDXを用いた時、それほどカルシウムが検出されなかったというのがわかりました。つまり、カルシウムがあるのは確かだけど、思ったほど検出されなかったんですね。
そこで研究グループは次のように結論付けています。NEXAFSではかなり強く存在が示されたのに、EDXではあまり検出されなかった。これは、カルシウムで構成されているアラゴナイト結晶はコガネムシの頭の最表面に薄く存在しているということです。
詳細な説明は省略しましますが、NEXAFSは表面の情報を良く検出する技術であり、EDXはもう少し深いところにある元素まで検出する方法なんです。この違いから、おそらく結晶はコガネムシの頭に薄く乗っているだけだろうと考えたわけです。
ちなみにコガネムシはこのアラゴナイトの結晶をまるでシャベルのように使って、頭で穴を掘ったりするそうです。
実は測定手法の論文
前半部分で終わっても良かったんですが、ここでは簡単に測定手法についても紹介しておきましょう。
というのも、この論文のタイトルにも入っているんですが、この論文の主張はコガネムシの頭にシャベルがついているという点だけではありません。
むしろ、ここで紹介するNEXAFSという方法を用いたイメージング手法が昆虫のもつ微細な構造解析に使えるということも強く主張している論文なんです。
NEXAFSとは?
突然出てきたNEXAFSですが、こいつは一体何でしょうか?
日本語ではX線吸収端微細構造といいます。
いや~もう日本語で聞いてもまるで呪文ですよね。
私も専門ではありませんが、素人なりにざっくりと紹介してみましょう。
物質を構成する原子や分子はその種類によって、ミクロの世界では異なる様子を示しています。
具体的には原子核の周りを回っている電子の軌道がちょっとずつ異なるといったところです。そして、その電子の軌道の違いによってX線を当てたときに吸収するエネルギーが異なります。
X線とかエネルギーとかわけわからないと思うので、もっと意訳してみましょう。
X線にとってのエネルギーというのは、私たちが見る光(可視光)にとっての色のようなものです。つまり、物質に白いX線を当てると、原子核の近くにある電子の軌道によって色が変わるということです。その色から、どんな物質なのか特定できるということです。(実際にX戦には色は見えませんが、そんなイメージと思ってください)
そして、このNEXAFSは主に物質の表面からの情報を取るという特徴があります。
そのため、今回紹介したコガネムシの表面に薄く存在する結晶の存在が明らかになったというわけでなんですね。
最後に
今回は、頭に結晶のシャベルを持つコガネムシについて紹介しました。
以前、結晶の鎧をまとうアリの紹介をしましたが、世の中にはとても面白い特徴を持つ昆虫がいるもんですね。
そして、そんなユニークな特徴を明らかにするのは最先端の科学技術です。
参考文献
NEXAFS imaging to characterize the physiochemical composition of cuticle from African Flower Scarab Eudicella gralli
※結晶構造解析を専門としていた身としては、回折を取らずにアラゴナイトと確定するのはどうなのかなと思いましたが、NEXAFSの吸収端の構造によってアラゴナイトと決定している様子でした。おそらくX線構造解析を行うと結晶の体積が少なすぎてまともにデータが取れないという可能性が考えられます。
それを解決しようとすると透過型電子顕微鏡(TEM)を使った電子線回折が第1選択になりますが、こちらもコガネムシの表皮をはがして観察資料を作る必要があり、それが難しかったのではと思います。なぜなら電子線は厚い資料を透過することができないため、コガネムシの頭をそのまま測定しても何も得られないんですよね。
おそらく上記のような課題があって直接的に結晶構造解析ができなかったという可能性があります。 その2つを解決する方法にX線を絞って局所的な構造を解析するマイクロビームX線構造解析というものもありますが、こちらも使える施設が少ないという課題があります。