美しゅうていたり

その子は笹塚駅から徒歩6分の海鮮が美味しい居酒屋さんの一番奥の席にいた。

レースのノースリーブから露出した肌はやっぱり白くて、腕のラインが綺麗だった。

その子と会うのは1年ぶりだ。

「本当は男になりたかったの」と告白されて以来のことだった。

その子はこの春社会人になってアパレル系の会社に勤めている。

やりたい仕事ができているそうで、楽しそうに近況を報告してくれた。

私は以前彼女を傷つけてしまったことがある。というのはそのカミングアウトをされた日のことだが、ついつい何も考えず彼女の家族のことをしつこく尋ねてしまったのである。

「こんなに聞いておいて助けてくれるの?」という言葉に

「話ならいくらでも聞くよ」としか返せなかった冬の夜。

なんとなくそれが負い目でまたつまらない質問をしてしまう。

「あれから元気?」

「元気と言うより幸せ」

曇りのない目で見つめられてそれ以上は深入りできなかった。


その子と再会してからは2.3か月に1度の頻度で会うようになった。

友人が言うところの、別れてなおも仲の良い男女のような空気感が心地よくて時々連絡をしてしまう。

いつか彼女は言っていた。

「私はあなたの私に甘いところが好きだからそのままでいてほしい」と。

なんて生意気な注文なんだと思う。そのくせにこちらが彼女の恋愛事情について尋ねると「私は恋愛が得意じゃないの」の一手張りだ。

けれど時々会う男は何人かいるらしくておせっかいにも心配になる。


笹塚で飲んだあの日。その子は生き生きとしていた。

1週間前に失恋したというわりにその悲壮感などどこにもなかった。

私がつけいるスキなど1ミリもなかった。

時々気だるげにハイボールのジョッキを回しながらゆっくりかれいの刺身を食べ続けていた。

学生時代私の後輩であった影はみじんもなかった。

必死にクラリネットを練習していた影はどこにもなかった。

流した涙の痕跡を想像できないほどに笑顔であった。


その子はたしかに美しゅうていたり。

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マリヤ・トウゴウ
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