ブルーlight blueミラージュ
高校生の時に書いた、もう手元にない文章を思い出しながらリメイクしました。
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姫川サチは安藤貞雄と毎週月曜の夕方に会う。
ある時はお茶、ある時は骨董品屋、またある時は動物園、お互いの家で過ごすことも多い。
生産的な会話をするわけでもない。ただお互いがその空間を楽しんでいる。そして時々ぽつりぽつりと思考の交換をするのだ。
「おじさま」
姫川サチは金糸のように美しい髪をなびかせてテラスから声をかける。
青い鳥が描かれたティーカップで紅茶を飲みながらときどきこちらを見る。
やわらかな風が吹くたびに白いワンピースの裾がゆらゆらと揺れている。
安藤貞雄はソファにゆったりと座りながらその様子をシャッターで切っていく。
「おじさま昔演出家だったって本当?」
微笑を浮かべながら小首をかしげて聞くサチに、
「うん本当だよ。写真もよくとっていた」
とゆっくりした口調で安藤が答える。
「おれがもう少し若かったらサチちゃんを推すけどね。プロデューサーに」
サチはその言葉の意味をかみ砕きながら、微妙にポーズを変えつつ紅茶とジンジャービスケットをたしなむ。すべて写真映えのするポーズながら少しもわざとらしくないのは、彼女特有の神秘的な雰囲気のせいだろう。
サチはふいに目を細める。
「ふぅん。じゃあさ、写真集を出してよ。死ぬ前に」
私はそのセリフにどきりとした。死ぬ前にと強気に笑う彼女の凶暴なところがまた愛おしくもあった。
その日は夕食後、それぞれ別の本を読んでいた。
ふいにサチが顔を上げ、まっすぐに壁の奥を見つめながら問うた。
「ねぇ…大好きな人がいてもいずれ別れるのなら、出会わなかったほうがいいと思う?」
安藤も本から、キッチンの上げ下げ窓越しに見える夜空に視線を移して答える。
「いや、人は一度出会ったら失わないんだ。2度と会えなくてもその人の中で永遠に生き続ける。迷ったときは立ち止まってその人なら何と言うのかを考えることができるんだ」
サチは緑の目を何度も瞬きする。視線はそのままだ。
「そうなの?」
「…そうかも。でもおじさま死なないで」
サチはソファから立ち上がり、ダイニングチェアに座る安藤のもとへ行くと、両手を広げ首にまとわりついた。
「私は君が死んでも君を失わない自信があるよ」
安藤は花瓶に生けられた紅い薔薇を見ながら言う。
「…愛ね。私にはまだわからないわ。私があなたを失わないと自信を持てるまで生きていてちょうだい」
姫川サチの言葉には不思議な強制力があった。私はもうしばらくの生を受けるようだ。滋養剤なのかもしれない。彼女は。