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スペイン滞在のハイライト「Asador Etxebarri」へ ~1日中レストランのことを考えていた幸福な日
渡欧3日目、アチョンド(Atxondo)で2回目の朝を迎えた。目前にはアンボット山(Anboto)。のどかに響くカウベルの音と鳥の囀る声。人の気配は自然の中に溶けこんでいる。
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朝から散歩を兼ねてパン屋に行くことにした。日中は日差しが強くて上着が必要ないくらいだったが朝は冷え込む。この日は霜がおりていた。
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もともと鉱山鉄道だったという緑道を30分ほど歩くと、この地域唯一のパン屋「Panarra Okindegia」に到着した。朝8時から営業している(着いたのは19時)。
「テチュの友だちかい?」って話しかけてくれた男性。バスク人にとって「ツ」の発音が難しいらしく「チュ」になってしまうそうだ。男性の子どもが哲郎さんの娘・小春ちゃんとお友だち。よく子どもたちが一緒に遊んでるんだと嬉しそうに話してくれた。
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哲郎さんに教えてもらっていたチョリソーのパンのほか、クロワッサンに焼きたてのバゲットを買って帰る。帰り道、どうして焼きたてを食べたくなり、バゲットをほおばりながら宿に帰る。少し寒い朝の散歩だったが少しずつ暖かくなっていく。
途中にたくさんの動物たちを見た。牛、馬、羊、山羊、鴨。一方で畑は少ない。気になってあとから哲郎さんに聞いてみたところ「昔はあったんでしょうが、今は経済的に成り立たなくて、畜産・酪農だけが残ったんじゃないですけね」とのこと。ありのままの自然の風景に見えても、実は近代化された姿ということなのだ。
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宿に着き買って帰ったパンを食べてから、12時位に再出発、Txispa(チスパ)を再び訪問した。工事中ではあるが、完成イメージを聞きながら各部屋を案内してもらった。
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レストランを楽しかったと感じるのは
自分自身以外のなにものでもない
Txispaがある丘を降りて、「Asador Etxebarri(アサドール・エチェバリ)」に向かう。予約は13時30分から。今回の旅のハイライトの一つだ。
「今日は、エチェバリで食べる日だ」というワクワクした気持ちで1日が始まる。レストランに行く日は、何度も迎えているが、朝起きた時から楽しみにしていて、その時間のために動いていくようなことは、そうそうない。
この日、同じように予約して集まってきた人たちも、みんなとても楽しそうだ。
アペリティフを楽しんだあと14時頃からダイニングに移動し、コースがスタートする。
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世界中の食通を集める「アサドール・エチェバリ」は、ミシュラン1つ星、世界のベストレストン50で最高3位(2019年と2021年)。バスクの野菜や魚、肉を薪焼きで出す。というとプリミティブな料理のように聞こえるが、食材の組み合わせやテクスチャー、香りはかなり作り込まれているように感じた。
料理の解説は、食事のあと哲郎さんに聞いたものだ。
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焼いた薄いパンの上に、脱水したトマト、黒オリーブ、タマネギのみじん切りをのせ、アンチョビ(カタクチイワシ)がのせてある。
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自家製チョリソー
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水牛のモッツァレラ。シェフのビクトルさんが自分の家で飼っている水牛の乳を搾り、モッツァレラを作っている。
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ザンブリーナと呼ばれる小さなホタテ貝のような貝。貝でとった出汁とホースラディッシュが合わせてある。
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キャビア(CAVIAR)は、コースとは別にカルトで注文した。
薪の香りをつけたキャビアの下にはイベリコ豚のラードで炊いた豚粥がある。米のトロミと甘味が、キャビアの香りと塩味の土台になっている 黒い塩をかけた山羊のバターにかけて食べると、香りとミルキーさ、テクスチャーが拡張され、料理を食べたときの解釈が広がっていく。
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エチェバリといえばアカエビの薪焼き
エチェバリといえば、アカエビの薪焼き(GAMBAS de Palamós)を連想する。食べてみたかったひと品といえるだろう。
エビはとても加熱調理が難しい食材だと思う。寿司のように生食するか、エビのビスクのように出汁を油脂と合わせて使うかが最適だと僕は感じていて、いわゆる焼いたエビは、あまりおいしいと思わない。とくにBBQのようにただ焼いただけのエビは、火が入ればパサパサになってしまって、食材がもったいないと感じてしまう。
焼いたエビに対してあまりいいイメージがなかった分、エチェバリで食べたアカエビの薪焼きは、心底おいしい「焼いたエビ」だと思った。
とにかく、しっとりとボイルしたようなやわらかい身のなかに、エビのうま味が残さず閉じ込められている。そんなイメージの焼きあがりなのだ。
殻のやわらかさにも驚いた。もともとやわらかい種類のエビだというが、ソーセージの周りの皮のような感覚のプリっとした殻(殻というより外皮)が、食感としてもおもしろく、身とともにそのまま食べてしまった。
エビの味噌までしっかり堪能。「もう1本追加で!」といいたくなるようなおいしさだった。
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雲丹の身につけたまま残しておいて。カボチャのピュレが流し込まれている。薪の香りと雲丹の海の香り、カボチャのこっくりとしたおいしさ。すごく繊細な料理に感じた。
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菊芋と小タコの軽い煮込み。薪のスモークの香りが醤油のように感じさせる。
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エルカノでも食べたメルーサのココチャ(喉の肉)をエチェバリでも。卵と油を混ぜたものをスプレーで吹き付けて薪で焼く。すると魚から油がおちるて、薪の香りがたちのぼり、玉子に香りが移り焼ける。白いソースは、バスク地方のソース「ピルピル」で、オリーブオイルを乳化させたもの。下にはパリパリに焼かれたケールがしいてある。哲郎さんに聞くと「天ぷらを熾火でやりたいと考えたときの副産物」だという。なるほど卵と油は、天ぷらの衣なのか。
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茶こしに黄身を入れて、あたためて煙の香りをつけていある。「黄身のタタキのようなイメージ」と哲郎さん。卵はビクトルさんの家で育っている鶏の卵。トリュフがかかっている。
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特に印象に残ったのは生チョリソータルタル(TARTAR de CHORIZO fresco)。
チョリソーの具材である牛肉にニンニク、塩、赤ピーマンで作ったタルタル。薄いシートはトウモロコシで手で持って食べる 摘んだ瞬間フィレの中心部分のようなタルタルの柔らかさが極薄の儚いシートごしに伝わってくる。コースのなかでも特に繊細なひと皿だ。
生チョリソーのタルタルは冬だけに出てくるエチェバリのスペシャリテである。本来、豚肉を使った保存食だが保存技術が発達した現代では、チョリソーに保存性を求める必要がなくなった。
単なる伝統料理ではなく、今必要なものだけを残しチョリソーを現代料理にしていくビクトルシェフの姿勢が料理から見えてくる。
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BESUGOは、スペインの鯛。1匹を3人で取り分けてもらい食べる。
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牛肉の炭火焼
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ワインはスペインのワインを白・赤で1本ずつ。
Sketch 2021(右)
生産者:Raul Perez
ブドウ品種:アルバリーニョ アルコール度数:13.5%
コースの前半にと選んだ。スペインの大西洋沿岸、ポルトガルに近いD.O.ワイン産地リアス・バイシャス(ガリシア州)の白ワイン。リアス・バイシャスのワインは魚介との相性がよいという知識をもとにして選んだ。ミネラル感とちょっとした塩味があって、食事にあった。選んでよかったと思う。
あとから調べたことだが、年間1500本しか造らない希少なキュベだったようだ。
El Reventón Cebreros 2017(左)
生産者:Daniel Gomez Jimenez-Landi
ブドウ品種:Garnacha 100% アルコール度数:13.5%
コースの後半は、内陸の赤ワインをと、赤の銘醸地、カスティーリャ・イ・レオン州(Castilla y Leon)を選んだ。D.O.産地の文字がなく、産地はわからないのだが、Cebreros(セブレロス)という2019年に認定されたV.O.の地名があるが、2017年ヴィンテージのワインなので、認定前なのだろうか。気になって調べてみるとセブレロス村のEl Reventón(エル・レベントン)が畑の名前のようだ。
標高950m、ストレートと石英の土壌の1haで畑で栽培されたグルナッシュ100%の赤ワイン。ボトル数はこちらも775本と少ない。
標高が高い地域らしく冷涼感があって、透明感のある色、アルコール度数も13.5%で飲みやすく、ピノ・ノワールのようなエレガントさを感じた。エチェバリの繊細な料理によくあったと思う。
ワインリストは、フランスワインが8割という感じで、スペイン産は少ない。そもそもスペイン産のワインは、高くても200~300€くらいで、フランス産のように1,000€とか高く値付けができないのだろう。一般の旅行者としてはその国のワインを飲みたいが、セレブリティとはまた感覚が違うのかもしれない。
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デザートがおもしろかった。薪の香りを移した牛乳のアイスクリームに、下にはビーツのソースがしいてある。薪の香りと土の香り。おもしろい組み合わせ。
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チョコレートのスフレ。チョコレートは万国共通。
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デザートは、テラスに移動していただく。テラスに出るとどっぷりと日が傾いていて17時を過ぎていた。そこから、さらに1時間ゆっくりとデザートを楽しむ。一緒になったスペインからの客と、日本にも来たことがあるという客同士が、意気投合して歌え踊れと陽気に楽しんでいる。僕らも少し混ぜてもらい、楽しい交流もあった。
その後は、アンボット山の後ろに隠れた太陽のわずかな灯りを頼りに、Txispaがある丘を登っていく。ちょうど羊飼いが羊たちを小屋に運ぼうと、犬を使って呼び寄せて連れていく光景がみれた。
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とてもよい気分。
13時30分から18時30分まで、5時間におよぶ食事。そしてその時間だけでなく、朝から楽しみで(なんなら1週間くらい前から)、この日はエチェバリの食事だけのための1日といっていいくらい、すべての行動が食事のためにあった。なかなかそんな体験はない。
なぜこんなにもワクワクしていたのだろうか。
ミシュラン1つ星、世界のベストレストン50で最高3位(2021年)と対外的な評価はもちろんあるだろう。一方で、バスクには、ミシュラン3つ星のレストランがあるし、過去に世界のベストレストン50で1位をとったレストランもある。東京やマドリッドでも3つ星店に行ったことがある。そう考えると、対外的な評価を知っているからワクワクするということでもない。
考えてみると、何度もお会いした哲郎さんが人生の大きな部分を過ごしたレストランであることや、哲郎さんに会うために20時間以上かけてアチュペ村を体現しているといえるレストランに来たこと。その土地で、すでに2日間過ごし、土地の魅力を感じられたこと。
また、自分にとっての意味もさることながら、アチュペ村に来るために、哲郎さんをはじめさまざまな人がいろいろな手配をしてくれてきていること。そして、たった一人ではなく、旅の仲間であるKeicondoさんや藤田愛さんと一緒にきていること。
そうした、さまざまな要因が積み重なった一つの到達点として、エチェバリに行くという奇跡が生まれた。もちろんレストランでは料理を食べることになるなのだが、味がどうとかを越えて、最高の感謝と喜びを感じようとする自分がいます。まるでオリンピックに出場するスポーツ選手が「おもいっきり楽しんできます!」というように、まるで自分がエチェバリという舞台に演者の一人として光栄にも立たせてもらったような。そんなさまざまなことが積み重なったワクワク感だったのだと思う。
エチェバリに来て感じたことは、もう僕はレストランを皿の上だけで見ることができないということ。料理の味がどうだとか、技術がどうだとかは、もちろん興味があることだし、伝えていけたらいいと思うけど、レストランの食事は、それはあくまで一部。実際、料理だけを、たとえば東京で食べたときに感動するかといえば、たぶん僕はしないと思う。東京だったら、たぶんもっと鬼気迫るような料理の方が好きだし、おいしいと感じると思う。
だけど、そういうことでもないんだよな、とここにきて思う。
もっと大きな時間の流れのなかで、人との関りのなかで、さまざまなことを感じている自分を確かめながら、レストランを体験したほうがいいと思うし、その方が自分自身もその場で感じられるものの幅が広がるんじゃないかとも思う。
ロマン主義的に、もっと受け取り側の感情を優先したレストラン体験があっていいのだと思うのだ。
支払いは、飲み物が代含めて一人450€(約65,000円)。コースは264€(約40,000円)。このお金を高いと考えるか、それとも1日を贅沢に使うための金額ととらえるかは、人によると思う。僕にとってエチェバリに払った金額は、バスクへの旅も含めて「コスパが抜群だった」といえるものだ。
ーーーーーー
さすがに夜ご飯をさらに食べる元気はなく。宿にもどって哲郎さんお手製のタパスに、生ハム、ワインを食べながら、エチェバリの食事を振り返って就寝。
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(2023年2月16日)
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