見出し画像

Rock|デヴィッド・ボウイ「ジギー・スターダスト」

日曜の新テーマRockの第1回目です。

既存の価値観を破壊するというRockの社会的役割が半ばなくなってしまったと言わざるを得ない現代にあって、その復権を願うなど僕は考えていません。それよりも、リリースされた当時の状況を今一度理解することで、音楽が社会と関わることで、どんな作品が生まれていたのかを、振り返ってみたい。

そこで、個人的嗜好のもと選んだアルバムを、当時のリスナーはいったいどんな環境で聴いていたのか。そこからRockは、社会においてどんな役割を持っていたのかを浮き彫りにすることができればいいなと思っています。

そしてそれは、10代から20代に憧れたRockを40歳を過ぎた大人がもう一度憧れることができるのか、という試みでもあります。

異星人でロックスターのジギーを描いた物語

最初の1枚は、イギリスのアーティスト、デヴィッド・ボウイ(1947〜2016)の5枚目のソロアルバム「ジギー・スターダスト」(原題:The Rise and Fall of Ziggy Stardust and the Spiders from Mars)です。

リリースは1972年6月16日。収録時間は38分37秒。

画像1

デヴィッドは、生涯表現者でありつづけたポップミュージシャンですが、一方で音楽的なアプローチの方法は、コロコロと変える人でした。

妖艶な衣装と原始的なロックのグラム時代、白人ながら黒人音楽に取り組んだプラスティック・ソウル時代、ベルリン時代、《レッツ・ダンス》で初の全米1位を獲得したニューウェーブ時代、「ティン・マシーン」というバンド時代、そして再び90年代からのソロ時代。

なかでもこのアルバムは、初期のグラムロック時代の代表作で、デヴィッド・ボウイのキャリアのなかで、多くの人が「ベスト」に選ぶ作品でもあります。

そして僕のなかでも、もっとも影響を受けたアルバムであり、いまのところ生涯でもっとも聞いたアルバムです。なぜ、この作品が生まれたのか、ということまでは、専門家の解説に任せるとして、このアルバムから、現代の僕が何かを新しい発見を見出すことができるのか、考えてみたいと思います。

デヴィッドのモニュメンタルな作品

近年の音楽配信によって、音楽をアルバム単位で聴くことが減ってきました。この作品は、まだレコード時代の作品で全11曲で1つの物語が完成する「コンセプトアルバム」として制作されています。ざっくりと、架空の宇宙人で、ロック・スターのジギーの栄枯盛衰の物語です。

A面
1. 「5年間」(Five Years) 
2. 「魂の愛」(Soul Love) 
3. 「月世界の白昼夢」(Moonage Daydream) 
4. 「スターマン」(Starman) 
5. 「イット・エイント・イージー」(It Ain't Easy) ロン・デイヴィス のカヴァー
B面
6. 「レディ・スターダスト」(Lady Stardust) 
7. 「スター」(Star) 
8. 「君の意志のままに」(Hang Onto Yourself)
9. 「屈折する星くず」(Ziggy Stardust) 
10. 「サフラジェット・シティ」(Suffragette City) 
11. 「ロックン・ロールの自殺者」(Rock'N'Roll Suicide)

このアルバムには、同時代的なテーマがいくつも盛り込まれています。たとえば「宇宙探査時代」「異星人の存在」「LGBT」など。

なかでも、デヴィッド自ら本作リリースと同じ年に「僕は、バイセクシャルだ」と公言したことも印象的な「同性愛」について調べてみたい。

若者にアイドル的人気があったアーティストのカミングアウトは、いったいどれくらいのインパクトだったのでしょうか。

宗教が禁じた同性愛の性行

ヨーロッパにおける同性愛の歴史を見ると、同性愛を禁じたキリスト教が、ヨーロッパの“国教”になったころから、その行為が法律で禁止されるようになりました。342年、同性結婚を禁止する最初の法令がキリスト教徒の皇帝コンスタンティウス2世とコンスタンス1世によって発布されました。これが、おそらく同性愛を法律で禁じた最古の例だと思います。

ちなみに、それ以前の古代世界では同性愛は一般に受け入れられていたました。

西ヨーロッパで最初に、合意による成人間の同性愛行為を非犯罪化した国はフランスで、1791年のこと。フランス革命政府が新しい刑法のなかで取り決めています。

その後、オランダやバイエルン公国(南ドイツ)が非犯罪化をし、イギリスでも1863年に犯罪法が改正で同性愛者の性行に対する死刑が廃止。10年以上の懲役または終身刑に変わっています。

19世紀は、同性愛についての考え方が変わった時代といえます。

しかし、実際にイギリスが同性愛に非犯罪化したのは、犯罪法の改正から100年以上経った1967年のこと。イングランドおよびウェールズで男性同士の性行為を条件付きでの非犯罪化でした。

これが遅いのか早いのか、文化史や刑法史のなかでの意味などを僕自身が判断することができません。

しかしながら、いわゆる基本的人権を尊重すべきという考えがある現代人にとって、宗教が禁じていた同性愛が今から50年ほど前まで、つまり両親の時代まで犯罪とされていたという事実は、ひじょうに驚きでした。

デヴィッド自体は、「ジギー・スターダスト」の前々作「世界を売った男」(原題:The Man Who Sold The World、1971年)のジャケット写真で女装姿を披露し、物議を起こしていたなかで、バイセクシャルのカミングアウトしています。

しかし、それ以前の1970年にメアリー・アンジェラ・バーネット(通称:アンジー)と結婚。翌71年には長男のダンカンが生まれていました。

デヴィッドとアンジーの夫婦は、ショービジネス界では、既存の価値をあざわらうような奔放な夫婦で有名で、たとえばデヴィッド夫妻とミック・ジャガー(ローリング・ストーンズ)夫妻との関係は、デビッドとミック、ミックの妻はそれぞれベッドをともにしたと言われ、アンジーも同様にミック、ミックの妻とそれぞれベッドをともにしたという、ファンキーな家族ぐるみの付き合いで、ゴシップ誌を賑わしてもいました。

現在のポップミュージックに品行方正が求められている(不倫なんてもってのほか!)時代では、理解にし難い騒ぎが日常的に起こっていたことを理解するのは、なかなか難しいものがあります。

デヴィッドが、性的マイノリティの社会的理解を早める役割を果たした、とは思わないし、本人もそういう意図よりも「ブランディング」としてのカミングアウトだったんじゃないかと僕とは思います。

しかし、ここで重要なのは、デヴィッドが「ジギー・スターダスト」に投影したイメージというのは、あくまで表現の方法であるということ。そして、彼が選ぶ表現方法はつねに、彼が生きる時代の多数意見の逆をいく。

さらにそれを使って大衆音楽であるポップミュージックを作るという、矛盾する行為の中に社会への批判性が込められていると僕は感じています。

ジギーの栄枯盛衰、イギリスの同時代

その後、引っ張り出してきた歌詞カードで歌詞の対訳を見てみると、若い頃に聴いていたものとを違う1970年代当時のイギリスの屈折した時代性が見えてきました。

とくに1曲め、忍び寄る不安を表すような、2発のバスドラムと3発のスネアドラムの6/8拍子のリズムパターンから始まり、世界はあと5年で終わると告げられる「ファイブ・イヤーズ」などの歌詞の描写は、黒人への差別的視線や警察の腐敗、聖職者への批判、もちろんゲイも登場していて、中世的な倫理観がいまだに根強い1970年代のイギリスが見えてきます。

そういった現実の描写から一転、次の「ソウル・ラヴ」では、「愛」という宗教が賛美する概念を信じる世界を歌っているのは、1曲めと対比的で、世界の終わりを印象付けます。ボウイの甘ったるいサックスの音も、危機感はまったくなく、呑気な世界が描かれたいます。

そこから一転、Dのコード1発で始まる「ムーンエイジ・デイドリーム」で、宇宙人ジギーが登場するのです。

B面の最後から2曲め、地球に来てロックスターになったジギーだったがライブ中に人が死に、バンドが解散。「サフラゲット・シティ」では、女性参政権運動家(サフラゲット)の街へ逃げ帰ろうとしています。サフラゲットは、イギリスでは好戦的な活動家であるイメージが強いといい、スターから批判されて糾弾されるジギーの栄光からの転落が、けたたましいギターの音とともに最後の混乱を描写しています。

果たして、そこがジギーにとって帰るべき場所だったのか。最後の曲で、ジギーは「ロックンロールの自殺者」で自死を選んだことが、ビッグバンド風のブラスとストリングスの劇的な旋律を背景に語られています。

Rockから学ぶカルチャーメイキング

ここまでさまざま書いてきましたが、実際にデヴィッドの残した音楽を聞いてみると、調和のとれたメロディーや曲調は、ひじょうにオーソドックスで古典的です。過激な存在とはちがって、いい曲ばかりです。

音楽が作曲者や演奏者の存在が加わることで、楽曲とはことなる意義を持つようになる好例だと思っています。しかし、そのこと自体も、たとえばRockの起源をエルビス・プレスリーだとすれば、黒人音楽の音楽を白人が演奏して、若い女の子たちにキャーキャー言われるという構図からすれば、なんら変わってない表現で。ある意味の焼き直しです。

その後、こうしたビジュアルイメージと原理主義的Rockの復興は、パンクロックやオルタナティブロックに、手法は違えど適用せれています。デヴィッドのグラムロックは、同時代に起きたレッド・ツェッペリンやピンク・フロイドなど、高度化されたロックミュージックから、シンプルなロックへの揺り戻しだと考えることができて、それはパンクも同じだし、オルタナもニューウェーブに対するカウンターカルチャーだともいえます。

こんな、感じでRockの名盤1枚を通じて、同時代性を考えたり、何が支持される要因だったのか、ということを、考えてみることで、Rockからカルチャーメイキングの手法を学び、この次世代におけるカルチャーはどこから来るのかの指標になればいいかな、と思いますので、しばらくお付き合いください!

いいなと思ったら応援しよう!

江六前一郎|Ichiro Erokumae|Food HEROes代表
料理人付き編集者の活動などにご賛同いただけたら、サポートいただけるとうれしいです!