Event|摘果リンゴを100%使ったシードル「フロム・スクラッチ2020」の可能性
ワイン雑誌『ワイナート』の誌面ならびに、webで連載されている東京・外苑前のレストラン「JULIA」のオーナーソムリエ、本橋健一郎さんと、新潟県のワイナリー「カーブドッチワイナリー」の醸造家、掛川史人さんのシードルプロジェクト「フロム・スクラッチ2020」のお披露目イベント兼、座談会に参加してきました。
味わいのディレクションとラベルデザインを担当したJULIAの本橋健一郎さん。
「フロム・スクラッチ2020」を醸造したカーブドッチワイナリーの掛川史人さん。
摘果リンゴと遅摘果リンゴ、2種類のシードル
シードルプロジェクトとしては2年目の今年は「摘果で探るサステイナブル」というテーマで、栽培時に間引きされて廃棄されてしまう摘果(てきか)リンゴをシードルに使用しようというものです。
摘果リンゴを使ったシードル自体は、青森県弘前市のももやま園さんの「TEKIKAKA CIDRE(テキカカシードル)」などがすでにあります。しかし、TEKIKAKA CIDREは、摘果リンゴと完熟リンゴを両方使っていますが、「フロム・スクラッチ2020」は、摘果リンゴのみを使ってシードルを造っています。
しかも、摘果の時期が違う2種類のシードルが完成し、そのお披露目を兼ねた試飲会が今回のイベントです。
リンゴは、1つの株に5個の実が成りますが、そのすべてを収穫するわけではありません。そのなかの1個だけが最終的に出荷されます。8月くらいに第一摘果といって最初の摘果がされます。5個のうち4個が切り落とされます。
シードルの1種は、この第一摘果果(てきかか)を使ったシードルです。リンゴの品種は長野県産のふじです。
シードルについては、以前アメリカ・ポートランドのシードル(英語圏ではアップル・サイダー)を取材して、ドライなリンゴのシャンパンのようなおいしさを体験して以来、国産シードルは「甘いリンゴジュース」に感じて、それほど期待をして飲むことはなかったのですが、お二人が作った摘果リンゴシードルは、ポートランドのアップル・サイダーのすっきりとしたドライな方向性に近いように感じました。
甘味がないぶん、少しボリュームがないようにも感じますが、それがかえってリンゴのニュアンスを探すような味わいの仕方になり、五感を大いに刺激します。
さらに、ナチュールっぽい発酵の香りもあって、現代っぽさも感じました。
もう一方は、第一摘果、第二摘果で摘果されずに取り残された最後の摘果リンゴを使った「遅摘果」(おそてきか、該当する言葉がなくプロジェクトで作られた造語)のシードルです。こちらの品種は長野県産のシナノゴールドです。
こちらは、出荷されるリンゴと最後まで一緒に樹になっていたこともあり、1本目の摘果リンゴのシードルの味よりは、味の輪郭は強く、ボリュームを感じます。こちらもドライな印象で、ナチュールっぽい香りを感じます。
どちらも、国産シードルにありがちな甘味がすくなく、ドライで飲み疲れないおいしさがありました。
ほかにも、摘果リンゴ100%の2種類にそれぞれホップを加えたシードルや、摘果果シードルと遅摘果果シードルを各人の好みで混ぜ合わせて飲んでみたりとさまざまな可能性を探るワークショップは、試すほどに味わいや香りが変わってくるので、どこに自分のシードルの好みがあるのかを知る興味深い時間でした。
素材を重視する志向から、ワインにしろオリーブオイルにしろ単一品種に世界は興味が向かっているように思います。料理でみても、たくさんの素材が皿の上にのっているよりは、1つか2つの素材だけで料理をまとめていく傾向があると思うので、そういう流れのなかでも僕としては、摘果リンゴだけを使ったシードルの方が好みでした。
摘果果か遅摘果果か、というのについては、摘果果の方全体のバランスが淡くおぼろげで、儚い感じがするので好みでしたね。
遅摘果リンゴにも先人が残した
持続可能な栽培法だった
リンゴは実が成る5個のうち1個しか出荷されないということはまったく知らず、廃棄される摘果リンゴがあることもこのシードルプロジェクトで初めて知ることができました。
そのうえで遅摘果は、作業が追い付かず摘果しきれず残ったものであるという説明があったこともあって、”取り残された摘果リンゴ”より”適正な摘果リンゴ”の方がイメージがよく感じたこともあって、飲んで感じた味に納得ができ素直に味を受け取ることができました。
というのも”取り残された摘果リンゴ”は、残った摘果果をシールドに使うよりも摘果果が起きないように(つまり、間引き忘れがないように)仕組化することの方が、シードルのテーマである「サステイナブル(持続可能性)」に適していると感じたからです。
そのことを醸造家の掛川さんに質問をすると意外な答えが戻ってきました。
「遅摘果自体は必要なものなのです。たとえば収穫間際になって災害にあって、仮に収穫しようと考えていたリンゴが落ちてしまっても、遅摘果しようとしていたリンゴが残っていれば、少なくても加工品としては出荷できるわけです。リンゴ農家さんにとってのリスクを分散する大事なものでもあるのです」
なるほど、リンゴ栽培は奥が深いし、先人が多くの困難を乗り越えてきた知恵が詰まっているのだと感心させられたと同時に、自分が考えられる範囲なんてたかが知れているので、専門の人に積極的に話をきかなければわからないことが多いということも知れました。
イベントで本橋さんが「摘果果シードルプロジェクトは、リンゴ畑に落ちていた摘果リンゴを見て『もったいない』と感じたことがスタートでした。飲むことでそういった事実をしってもらうきっかけにもなればいいと思う」とおっしゃっていました。もちろん「おいしいシードル」は大前提ではありますが、ただそれを飲むだけではなく、何を感じるのか、どういう行動を生むのかというようなことも、大切になってきているんですよね。
じっさい、摘果果100%のシードルは、味わいがわかりやすいわけではありませんが、淡く繊細なバランスがありますので、より五感を使いながら飲むことになります。それは結果的に自分の感性を開いていくことになるので、摘果果100%シードルらしい体験なのではないのかなとも思います。
本橋さんにお誘いいただいた試飲会、とても興味深く、自分にとっても新しい発見の多い時間でした。ありがとうございました。
なお、この試飲会は2021年6月5日発売ワイナート104号にてレポート記事が掲載されるそうです。ワイナリーデビューできたらいいなぁ。
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明日は「Editor」。編集者ならではの視点などについて。