2022年、印象に残った5店のレストラン
今年も大好きなレストランにたくさん行くことができました。
たくさんのおいしいひと時のなかから、2022年、特に印象に残った5店を紹介いたしたいと思います(順不同)。
ラ・カーサ・ディ・テツオ オオタ|長野県軽井沢町
アマゾンの料理人の異名をもつ太田哲雄さんの店。2022年の秋の部に行ってきました。とにかく驚愕、驚き、アメージングで、僕にとって2022年最大の衝撃レストランになりました。
太田さんが三軒茶屋のイタリアン「NATIVO」で料理されていたときに行って以来なので、かれこれ4年ぶりくらいでしょうか。当時から、アマゾンの料理人として知られていて、NATIVOでもイタリアンとペルーの料理をわけて出されいました。僕は残念ながらペルーの料理は食べられずに太田さんがいったんレストランシェフを離れられたので、今回、アマゾンの料理人としての太田さんのお料理を食べられると思って楽しみにしていました。
しかしコースを食べてみると、アマゾンなんていう1つの概念にとらわれない、世界中のいたるところのエッセンスが集まった世界料理、または地球料理といったものでした。太田さんの生まれ故郷の長野のほか、イタリア、スペイン、ペルーといった太田さんが修業された国、さらには韓国やウクライナといったゆかりの地の料理もしっかりと見え、文字通り太田さんの人生が力強く料理のなかに生きています。
さらに料理は、長野県の山の中の食材から組み立てられていて、いわゆる地産地消ではあるのですが、野菜を地域ごと買ったり、経産牛の育った地の藁を使ったりと、太田さんのなかのモラルが強く食材選びに反映されていて、一つひとつに「ここでなければいけない」という説得力があるのです。
加えて長野のなかでも地平的(X軸)な距離ではなく、標高(Y軸)でのテロワールを意識した食材の組み合わせも面白く、なるほどと新しい気づきを与えてくれます。
ふと思い出したのは、マドリードで食べた三ツ星の「ディベルショ」。デビッド・ムニョスが作る超個人的な料理と世界観でした。これはすごくいい意味でなのですが、「世界の中心を自分に置くこと」でしか生まれない、超個人的な料理なんです。
これは、料理に限らないのですが、結構むずかしい。多かれ少なかれ、人はどうしても何かと比較をして、社会のなかに自分の位置を置きたがります。しかし、社会のなかに自分を置くのではなく、自分がいるイチから社会を見る。これがすごく大事で、おそらくそれはアーティストの視点なんだろうな、と僕は解釈しています。
グイグイっとオオタテツオの世界に引き込む力、世界観の作り方は、きっと世界のトップレストランで食べたあの感覚に似ている。日本では稀有といえる世界基準を体感できるレストランなのだと思います。
春と秋に年間数十日のみ営業ということもあって、予約は数年待ち(次回は2026年だとか)。次回いつ行けるのかわからないし、自分も生きているのかもわかりませんが、また、太田さんのお料理で脅かされることを楽しみにしています。
オトワ レストラン|栃木県宇都宮市
フランスの地方の星付きレストランで食べたことがないので、その実態を想像することしかできません。仮に、多くの書物や写真が書き残してくれていることが真実であれば、オトワ レストランがそれにもっとも近いのではないかと思います。
家族経営のあたたかさ、そこにすこしおしゃれして集まる地元の客、人生の記念日を過ごす大切な場所でありながら、その地方でしか食べられない食材や伝統的な料理を目指し都市から人も集まるレストラン。オトワ レストランは、そんな場所ではないでしょか。
この日は4人でうかがった夜、料理のクライマックス、メインの料理でのことです。
料理がクロッシュ(ドーム型のステンレス製の蓋)で運ばれてきましたた。1人のサービスが1皿を持ってくるので、計4人。私たち4人の前にクロッシュがかかったお皿を置くと、いっせーのせで(もちろんそんな掛け声はない)同時にクロッシュをあけてくれます。そうすると、この日の栃の木黒牛のメインディッシュがあらわれます。
とうぜん僕たち4人は、同時に「うわー」と感嘆の声がこぼれます。僕自身も4人そろってのクロッシュのサービスを受けたのは初めてで、こんなに気にかけて、食卓を楽しませようとしてくれていて申し訳ないと思いながらも、高揚感でいっぱいになるんです。
この瞬間だけ僕たちのテーブルがオトワ レストランの主役になり、レストランのホスピタリティを独り占めしているような、なんだかもったいないくらいに幸せな気分にさせられるのだ。
もちろんメイン料理の一瞬を取り上げたが、終始、楽しく心地よいサービスで、食事を楽しませてもらえたうように感じます。じつは、その日の4人は、何度も仕事で顔を合わせてはいるものの、ゆっくりと食事をするのは初めてという会でもありました。堅苦しい話はなしで楽しめたのもオトワ レストランの暖かさによるところが多いと思います。
素晴らしい夜をレストランで過ごせるというのは、とても幸せなことです。
ラ・カーサ・ヴェッキア|兵庫県淡路島
徳島県上勝町の表原平シェフにインタビューした際に「刺激を受けたレストラン」として話していたのが印象的で、ずっと行きたいと思っていたレストラン。神戸・三宮から高速バスとローカルバスを乗り継いでいくつもりだったが、ちょうど表原シェフの都合もついてので、淡路市で待ち合わせて連れていってもらいました。
淡路島の東側、釜口という町にある一軒家レストランで、この店を目的地にしなければたどりつけない場所にあります。
家の軒先には大きな生ハムが干してある。ちょど塩抜きをして乾燥させているタイミングだったそうで、フォトジェニックさが200%増しです。
お昼のコースをいただく。兵庫県にまん防が出ていることもあってドリンクはノンアルのみ。淡路島の食材だけで作る料理ではあるが、シェフの米村幸起さんいわく「砂糖とオリーブオイル、コショウ以外は全て淡路島の食材」だといいます。
それだったら「全て」と言っていいんじゃないかと思うのだが、そういえない人柄が料理にも現れていて、とても誠実。
とにかく味、香りのバランスがよくて、外連味が全くないんです。
地元の食材を使うころにこだわりすぎるレストランに行くと「料理しきれていない」と感じることが多いですが、米村さんの料理は、淡路の食材を料理しきっているように思います。もちろん必要以上に料理をしないわけですが、それはおっかなびっくり手をかけきれずに終わるということとは全く違うと僕は感じました。
とにかく「料理上手」なんです。
とくに感銘を受けたのはメインの「淡路椚座(くぬぎざ)牛」といぶりがっこの料理。よく目にするといえば目にする「地元の和牛」を使った料理です。
牛肉と漬物という組み合わせで、メインの牛と漬物は付け合わせという位置づけかと思いながら食べてみると、その主従関係がガラガラと崩れ去っていきます。
いぶりがっこの独特の香りとうま味、酸味が牛肉のうま味を包み込み、2つの食材による完璧ともいえる五味と香りが完成するのです。
牛肉なのかいぶりがっこなのかどちらを食べているかわからないのに味は完璧。もう理解するのが困難なひと皿なのです。
米村シェフいわく、いぶりがっこは、酸味と強い香りの要素で入れているといい、発酵食品の旨味はそれほど意識していないといいます。
いぶりがっこの香りを牛肉にもほんの少しまとわせることで、全体をまとめているそうです。
淡路食材をもちろん魅力的だが、それを突き抜けてあるシェフの感性、料理力に圧倒させられました。
今回はランチで短い体験だったが、次回はぜひ夜に伺って、もっと米村シェフの料理を食べてみたいと思います。
茶路めん羊牧場直営レストラン「Cuore」|北海道白糠町
茶路めん羊牧場に隣接し、同牧場が経営するフォーム・レストランが「Cuore」です。茶路めん羊牧場の羊肉のほか、地元のチーズ工房「チーズ工房 白糠酪恵舎」のチーズや、帯広市や白糠町で育てられている平飼い卵、野菜や魚介類も地元の生産者のものを使っています。
この日は、特別に羊のみのコース。茶路めん羊牧場直営なので、羊肉はどれもおいしいのはもちろんなのですが、とにかく驚かされたのは、シェフの漆崎雄哉さんの基本的な料理の上手さ。同席していたシェフたちも「塩味が抜群」と舌をまくほどで、きっと味噌汁とか普通の料理もおいしく作っちゃうんだろうな、というような味つけに対する感性の鋭さを感じました。
味付けだけでなく、食材の組み合わせも秀逸で羊の脳みそにバナナを合わせたひと皿は、食べる前は「??」でしたけど、食べると食感とバナナの香りがとても良くあっていました。さらに8歳のマトンも味が強くておいしかったです。
TACUBO|東京・代官山
現在夜は、2部制で、なんと1部は16時(or16時半)からのスタート。運よく空いた1部の2席にすべりこみ。16時からのディナーは初体験。
とはいえ、16時からでもびっちり席が埋まるのは人気店のすごさ。シェフの田窪さんいわく「18時にご来店できるお客様は、16時でもお越しできる方々なんです」とのこと。確かに、僕も会社勤めのときは、19時でも早いくらいだったけど、フリーになったら17時も16時もさして変わらない。とくにこの日は、家人との食事だったので(結婚10周年、ワインエキスパート一次合格祝など)、時間はいつでもいい。
僕たちも含め、カウンターに並んだ"16時にtacuboで食事する"属性の人は、個性的な人ばかり。
さらに田窪さんを含めた、キッチン・ホールを越えた全員接客のお店の雰囲気もあいまって、かなり独特な空気感(グルーヴ)が出ていて、たのしい3時間半だった。
もちろんお料理もおいしかったし(メインはもちろんラム)、ワインもボトルで選んでゆっくり楽しめました。普段レストランにあまり興味を示さない家人も、特殊な人たちが集まる非日常の空間で楽しそうにしていました。
2023年も、レストランからたくさんの刺激をもらうことを楽しみに、日々頑張ります。