Life|伊勢海老を買いに行って「常連になる」ことの大事さに気づいた話
伊勢市のクリエイターズ・ワーケーションに参加し、12日間の伊勢滞在を利用して「MIKASHIKI」というポップアップレストランを2日間限定で開いてきました。
その時に、コース料理のメイン料理で使う伊勢海老を、伊勢市から40キロ以上南下し、車で1時間ほどかかる志摩市和具の漁港まで買いに行きました。
休漁でも伊勢海老が買えたのはなぜか?
和具漁港に向かうのは、じつは2回目。伊勢に着いてすぐに、今回のコース料理のメイン食材にしようともくろみ、早めに漁港の見学と、購入のお願いをするために行ったのでした。
1回目に行った際は、ほんとうにたくさんの伊勢海老が上っていて豊漁の日でした。伊勢市のワーケーション事務局の紹介もあって漁業組合の方にもお会い出来、購入の方法も聞けていたので、漁港に行ってシェフの大野さんの希望するサイズの伊勢海老を買ってくればいい。そんな軽い気持ちで車を走らせていました。
しかし、いざ漁港に近づくにつれて雨が降り、しだいに強くなってきます。
和具漁港に着いた頃にはしっかり雨。漁港に人はおらず、この日は伊勢海老漁が休漁だったのです。
天候が悪ければ漁には出ない。当たり前のようなことですが、毎日決められた時間に決められた電車が来たり、定刻にテレビ番組が始まる、ある意味コントロールされつくした都会に住んでいると、この当たり前のことをなかなかリスクとして実装することができず、漁港で途方にくれていたわけです。
幸い、漁協の担当の方の携帯を教えていただいていたので、和具漁港に隣接してる伊勢海老問屋の「丸中商店」の中村庸一さんを紹介していただき、なんとか翌日分の伊勢海老を購入することができました。
常連が生産者やクラフトマンを支える
しかし購入はできたものの、レストランで使おうと思っていたサイズの伊勢海老を売っていただくことはできませんでした。
それもそのはず、中村さんのところでは市内の旅館から築地の魚屋さんまで、長年のお付き合いがあるたくさんの取引先があります。そういった信頼関係を構築した常連のお客さんを差し置いて、いきなりアポイントもなく訪ねてきて、400グラムから450グラムの伊勢海老を今購入したいなんて言われても、「OKいいもの譲るよ」なんて言いません。
そんなことは当たり前で、僕が逆の立場でも絶対にしません。そのことで、常連さんに行くはずだった上物がまわらなくて信頼を落とすくらいだったら、なおさらです。
そんななか売ってもらえただけでもありがたいと思え。というのが本音でしょう。
そんななかでも、サイズは違いましたが、事前におおよそ聞いていた売値で譲ってくださったので、ありがたいとしか言いようがない。それっきりの客だと思えば、思いっきり値段をふっかけてきても良かっただろうに。こうして翌日のイベント初日は、中村さんの伊勢海老で無事にお料理を出すことができました。
その2日後、イベント2日目のために和具漁港へ。その日は雨ではなかったものの、前日の時化でまたもや休漁。今回も漁協での購入はできず、再び中村さんの「丸中商店」を訪ねます。
一昨日の御礼と、イベント初日の成功を写真をお見せしながらご報告して、再び伊勢海老を購入させてもらいます。
そうすると、前回はまったくこちらの希望のサイズをお譲りいただけなかったのですが、2回目ということもあり、少しこちらの希望も聞いてくださり、さらに多少のおまけもしれくださいました。
たった2度お会いしただけなのに、こちらを多少は信頼してくださったのでしょうか。そういった、うわべだけではない本音の商売も含んだ交流という貴重な体験をさせてもらえたのは、本当にうれしかったです。
常連になると見える適正価格
僕自身、これまで料理雑誌の仕事はしていましたが、食材調達や交渉は初めて。取材するシェフの口から「生産者さんや魚屋さん、八百屋さんと信頼関係を築くことはすごく大事なことなんです」ということは聞いていたのですが、自分の立場で実際に体験することができたのはものすごいありがたいのです。
この日は、日比谷ミッドタウンのレストラン「TOYO Tokyo」の成澤亨太さんも一緒に漁港に来ていたので、帰りの車の中で、TOYOのパリ本店のシェフ、中山豊光さんの話になりました。
トヨさんは、ぜったいに魚屋さんにサイズなどのリクエストを言わないんです。そして、魚屋さんが出してきたものを絶対に買うんです。それをずっと続けて、魚屋さんと信頼関係を築いて、ようやく少しづついい魚を売ってもらえるようになるんです。
漁がふるわず、良い魚がないときでも、変わらず買い続ける、つまり買い支えてもいるといいます。
その話を聞いて、いわゆる「常連になる」ということだなぁと思いました。いい時も悪い時も変わらず通い続けて買い続けること。それが店の支援にもなって、その先で大きくなって帰ってくる。それは「投資」にも似ています。
今回の中村さんの伊勢海老の生けすをみましたが、休漁のときでもかわらず伊勢海老が買えるというのは、本当はものすごいことなのです。そのために生けすに管理して、設備に投資をしているわけですから。当たり前に毎日旅館で伊勢海老を出すために、そういった卸の存在があるわけです。
これが漁協さんにお願いしようとしていた僕たちのように産直でやろうとしたら、今日はあるけど明日はどうなるかわからないという状況で、レストランだったお客さまの予約を取ることもできず、その日その日に来てくれるひとを待つだけの博打のような営業しかできません。
生産者やクラフトマンを買い続けることで投資し、よりより産物やプロダクトを生み出して還元してもらう。さらにそれをまた買い続ける。そして購入する側も、生産者やクラフトマンたちの苦労や仕事の大変さを知ることで、より適正な価格で購入することを努力する。
そういった投資型の商売のやりとりがもっと行われるようになれば、もっと相互の理解が進んで、良いものの往来、循環が生まれるのではないか。
そんなことを和具漁港から伊勢に帰る車の中で考えていました。
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明日は「Art」。「訴えたい想いがあるか」という僕なりのアートの定義について。