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Food|無機質なモノとの奇妙な一致 写真と料理
8月20日と27日に、渋谷にある複合カルチャー施設JINNANHOUSEで、「無機質なモノとの奇妙な一致」という、ポップアップレストランを開催しました。
「無機質なモノとの奇妙な一致」は、1冊のフォトブックがすべての始まりでした。そこに掲載されている写真が、その日のコース料理の内容をあらわしています。
《星空》《時計の裏》《自動改札機》《指輪》《ダヴィデ像》《江戸前寿司》《割れたスマートフォン》
およそ料理とはかけ離れた内容の写真から、どんな料理ができ上り、その料理を食べたときに、どのような写真との一致があるのか。そして、その料理を食べる人は、写真から想像していた料理との間にどんな差があり、どんな一致が生まれたのでしょうか。
実際にフォトブックに掲載された竹矢匠吾さんの散文とともに、当日提供された写真と料理を紹介していきます。
無機質なモノとの奇妙な一致
無機質なモノとの奇妙な一致
August 20 & 27, 2020 @JINNAN HOUSE (Shibuya)
竹矢匠吾 Shogo Takeya 料理人
1994 年三重県出身。関西を中心にフリーの出張料理人として活動する。フリー料理人を対象にしたキッチン付きのコワーキングスペースを含むオンラインサロンを立ち上げるなど、若手料理人の新しい働き方の提案に、積極的に取り組んでいる。
石上 遼 Ryo Ishigami フォトグラファー
1993 年神奈川県出身。エンジニアとして日本IBMに新卒入社。大学在学時より写真を撮り始め、現在はフリー。自然体のポートレートやスナップを中心に撮影している。ベストスマイルオブザイヤー2014グランプリ受賞ほか。
レストランでの食体験は、料理だけでなく、サービスや調度品のほかプレゼンテーションや空間装飾までもを含む総合体験です。それは、現代アートが取り組んできた「インスタレーション・アート」(展示空間を含めて作品とみなす手法)そのもののようでもあります。
一方で、食材の産地や生産者の名前や古典的な調理法をもとにした料理名などを見ていると「ことば」が、いまだ食体験のフレームとして根強く残っていることに気づかされます。
もちろん食材は、料理の根幹であることに変わりはありません。調理法も先人が積み上げてきた知恵と信頼の結晶です。
しかし、「ことば」というフレームが、気づかないうちに食体験を抑制しているとしたら――。
「無機質なモノとの奇妙な一致」は、「ことば」ではなく「イメージ」から食事が始まります。そこからどんな食体験が生まれるのでしょうか。あなたと私たちが今夜創りだすものが、その答えになります。
《星空》
ビルに囲われた都会の夜空が狭く感じるのに対して、星空が広がる自然の夜は、どこか暖かみを感じます。ところで、この写真の場所は、いったいどこなのでしょうか?(匠吾)
冷たいトマトのコンソメは、雑味のない暖かい旨味。塩とスープの水面の乱反射が星空を連想させます。
《時計の裏》
時計そのものを動かしているにもかかわらず、スポットが当たるのはつねに時計の表面。ふだんは表に見えない時計の裏に、ドロっとした「嫉妬」の感情が見えてきました。(匠吾)
スポットライトが当たらずに、ちょっとむくれているような「嫉妬」のイメージ。サンマの肝、シュー生地の反乱(反転)。行き場のないドロっとした嫉妬の味は、カシスで。
《自動改札機》
分離、分断。自動改札機は人と人、こちらと向こうを分つものですが、現代社会においてなくてはならないものになっています。(匠吾)
「カツオのたたき」の分断。カツオのタルタル仕立てに、藁の薫香をまとったチュイル、ショウガのパウダー。分断されたものが、次の料理のテーマにむけてひとつにまとまろうとしています。
《指輪》
結婚などのイメージがあるため、指輪には「結ぶ」「交わす」といったことばを連想させます。しかし一方で、指輪自体はたんなる象徴でしかありません。(匠吾)
分断から婚姻へ。二枚貝のジュをソースに、海洋生物で唯一交尾をするサメ(鮫、魚ヘンに交わる)のキャベツで巻いて、かんぴょうで結んであります。
サメの肉は、いままでにない食感で、「指輪」としかわからないときは、まったく何を食べているのかわからなかったですね。このあたりで、フレンチのコース仕立てになっていることはわかっていたので、魚であることはわかっていたのですが、聞いてびっくりしました。
《ダヴィデ像》
男性美、肉体美。憧れの象徴であり、人の理想による美の集結。荒々しさがありながらも保たれる美しさがみえます。(匠吾)
経産牛のロースト。ジャガイモのピュレ。しっかり火を入れた肉は、やわらかくしっとりというよりは、ガシガシとかみ切るような食感。経産牛ということもあり旨味が強かったです。匠吾さんが感じたダヴィデ像の肉感を感じさせてもらいました。
《江戸前寿司》
水揚げされてすぐに食べることが前提の江戸前寿司には、独自の加工文化が発達しました。せっかちな江戸っ子の小腹を満たすため立ち食いスタイルだったことはよく知られています。(匠吾)
江戸前寿司のアラミニッツ感をひと口デザートで。スプーンを手渡されすぐに食べる。マイクロキュウリと、和歌山県・善兵衛農園から届いた極未熟のダイダイ、ホワイトチョコレートをひと口で食べます。
《割れたスマートフォン》
一つのモノとしての完成度の高さ、完璧といえるデザインにもかかわらず、けっきょくは「形」あるモノは壊れてしまう。そんな儚い存在にも映ります。(匠吾)
極く薄いパートフィルを壊しながら食べていくデザート。儚いというより、壊していく楽しさの方が勝ったのは、僕だけだったのでしょうか。
写真が先か、料理が先か?
7月末、関西から来た匠吾さんと、”東京名物”の「串カツ田中」で飲みながら、ポップアップレストランの構想を練っていました。
僕も匠吾さんもアートと料理の本質的な接点(見た目が美しいとかそういうことではない)を模索していたこともあり、ポップアップレストランをやるなら「美の破壊」を目指したモダンアートのようなコンセプトのレストランをしたいね、と話していました。
その時、7月に食べたneriのポップアップレストランの体験を思い出しました。
料理人の感性を食材という媒体で表現する。それはあくまで料理ではなく、食材は絵の具であり、カンヴァスは皿になり、そこの上にあるものが、ある感情を形にしている。そんなneriの料理の提案を僕たちなりに先に進められないか。
そんなことを考えたときに、ふと目に留まったカウンターに置かれた時計の裏側を指さして「この時計の裏側から、匠吾さんはどんな料理を作る?」と質問したのです。
匠吾さんは、この質問にバババッと、ほぼイベントで出した裏側のシューのアイディアを出してくれて。これおもしろいぞってなって、その日のうちに7つの写真のイメージと料理を組み立てました。
イベント名は、匠吾さんがポーランドのフォトグラファー、ヴェロニカ・ゲンシツカから影響を受けたという話をしていたときに見せてもらったウェブの記事のタイトルにあった「奇妙な一致」というワードをいただき、その日のうちに「無機質なモノとの奇妙な一致」というタイトルまで決まったのです。
そこからすぐにフォトグラファーの石上さんに連絡して、撮影を依頼。3人で渋谷のパーラー大箸に集まって、イメージを共有します。
石上さんがそれに合わせた写真を撮り下ろしたり、すでに撮影した作品の中からイメージの写真を探し出し、場合によってはストックフォトの写真を石上さんが補正をしてイメージを重ねたりして、7枚の写真を選び出しました。
そしてさらに、その写真のイメージから匠吾さんが微調整をして、さらに精度を高めていったわけです。
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明日は「Food」で「無機質なモノとの奇妙な一致」のもう少し突っ込んだ話を書きますね。
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