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散文詩「Air Waves」 / 『Night Flow Remixes』


 夜風を割り、左右の景色を吸い込んでゆくように滑り込んできた電車に、ぼくはぼくの手を引いて乗り込んだ。

 夜光虫にそっくりな、終電間際の快速電車。

 ぼくは夜で、そしてまた、ぼくも夜だった。

 さっきまでは別の、夕方のぼくがいたけれど、駅へ向かう途中、団地の西棟の奥へ沈む太陽と一緒に溶けて消えてしまった。

 それで、歩いているうちに、いつのまにか新しいぼくがぼくの手を引いていたのだった。

 今度はぼくが、ぼくに手を引かれる番みたいだった。

 ぼくとぼくはいつもふたりでひとつ。

 鏡に映る対の影。

 二時間前のぼくが、二時間後のぼくの手を引いていく。

 夜は、しだいにぼくの夜の色を失いはじめて、手を引いてくれる新しいぼくの夜の色へと変わっていく。

 ぼくはぼくに言う。

 街に行くのだと言う。

 これから朝が来るまで歌を口ずさみながら踊りに行くのだなどと、ぼくはよくわからないことをぼくに言って、でもそれはとても気持ちがよさそうで、だから一緒に行きたくて、点だった電車はやがて線となり、くりかえす景色をその窓へと映し込んで、ぼくらをものすごいスピードで運んでいく。

 街へ。外へ。それから音へ。

 電車の窓はほんの少しだけ開いていて、ぼくが飛び上がってさらに大きく開けるのを、ぼくはぼんやり見あげていた。

 透き通った夜風がぼくらのあいだに流れ込む。

 無人の駅をいくつも通過していく快速電車が夜風そのものへとすがたを変えていくその度に、ぼくは、隣でたのしそうに座っているぼくよりも、ぼくのてのひらが徐々に色を失って消えていくのを感じていた。

 ねえ、と伸ばしたその瞬間、ぼくの手は、窓から流れ込む涼しい風のなかへ消えていった。

 ぼくは消えた。

 街までは、あと駅がひとつだった。

 透明な手の先にいるぼくは、もうぼくではなく、きみだった。

 過ぎた夜のぼくに変わって、きみは、さらに新しい夜のぼくと、電車の座席に座っていた。

 電車が着く。街に着く。

 きみはぼくの手を、ぼくじゃないぼくの手を引き、ホームへ軽やかに降りていく。

 濃紺の粒になって、夜から空気へ溶けていくぼくは、きみとぼくのうしろすがたを、ただ、見送るだけ。

 でも、ぼくは、とても興奮していた。

 ぼくがぼくの手を引き、ぼくがぼくへと変わりながら、順番に消えて見えなくなるぼくをリレーして、夜の街へ踊りにいくという、そのことに。

 夜風の音をたてて、扉が閉まる。

 電車はまた点から線となって、くりかえす景色をその窓へと映し込む。


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 パソコン音楽クラブ『Night Flow』の全曲をさまざまなアーティストがremixしたアルバム『Night Flow Remixes』。
 そのなかの2曲目、909stateさんのremix「Air Waves」にフューチャリングとして寄稿した散文詩です。

 909さんからこの依頼をいただいた当初、テクノの、一切の歌詞のないこの曲を一体どうやって物語としてremixしたらいいのか、ずいぶん戸惑いました。
 けれど書きはじめてみると思いのほかするすると紡ぐことができて、キーボードを打っていたその時の感覚を、いまでもふしぎに思います。   『Night Flow』は1曲目から9曲目へ、しだいに移り変わる夜について描かれたアルバムです。
 その2曲目は、まだきっと日付が変わる前の世界なのだろうと思いました。

夜の時間といえば何を感じるんだろうと考えた時、僕たちは風だと思いました。あるいは空気の動き。肌が風に触れるとき、人は見えない空気の存在を確認します。すると今度は見えないはずものがいるような気がしてきます。怖いものなのか美しいものなのか、それは分かりませんが、夜の暗闇の中で触れる空気に夜の底知れなさを感じます。
 構成的には延々と同じループが繰り返されている感じで、少し冗長にも感じますが、自分がどこにいるのか分からなくなるような印象を受けて良かったです。
 マスタリングでアナログコンプを通してもらい、かなりアグレッシブなサウンドに変化しました。

 手がかりとして最初に参考にしたのが、この西山さんの『Night Flow セルフ全曲感想』の「Air Waves」です。

 原曲を初めて聴いた時、曲の最初にあらわれる吹き抜けるような空気の音が、わたしには電車がホームへと滑り込んでくる夜風の響きに聞こえました。
 まだ兵庫県に住んでいた頃、夜通し遊ぶために大阪へ出る時、夜遅い電車に乗りながらいろんなことを考えたり感じたりしていたこと、その時に眺めていた夜の真っ黒な鏡のような車窓のこと、そんなことを憶い出しました。

 テクノという音楽ジャンルの「くりかえし」「入れ替わり」「徐々に変わっていく音」。
 ふたりのぼくはぼくでもあって、きみでもあって、パソコン音楽クラブそのものなのかもしれません。

 アルバム全体の雰囲気、それからイノウエワラビさんがボーカルをつとめる「reiji no machi」「Time to renew」のMVや歌詞とも世界観をリンクさせて書いてみましたので、あの曲の数時間前の光景として読んでいただくこともできるのかな、とも思います。

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