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レジ待ちの瞑想時間

私のレジ待ちは3番目だった。
買い物かごの中にどっさりと品物を入れた客人が会計途中で、2番目の待ちは年配の女性だった。彼女の買い物かごの中には三点ほどの品物が入っている。
レジは一台のみ稼働していた。
大した待ち時間でもないな、と思いながら、私はレジ近くに陳列してある商品を何となく見つめた。

こんな隙間時間には、瞑想をするのがもってこいだ。
省エネモード時の私の表情筋は怠惰を極めた無表情だ。それに比例するかのように心も無にさせる。
それが一般的に言われる瞑想なのかは謎だが、そんな自己流の瞑想をすると、スマホを充電するかのようにエネルギー補充が可能となる。ついでに待ち時間までがあっという間に過ぎ去ってしまうから一石二鳥なのだ。

ところが、前方からのチラチラと向けられる視線が気になった。
チラチラ、チラチラ……と見てくるものだから、知り合いなのかとも疑った。
しかしそうでも無い。
彼女の視線は私を見たり、レジ店員の青年を見たりと忙しそうだった。
もしやトイレにでも行きたいのだろうか……。

私はそのめんどくさそうな視線とは極力合わせないよう、ただ商品棚を見つめ、瞑想に集中させた。

「ちょっと! レジ応援頼んでよ!」

突然、年配女性がレジ青年へと叫んだ。
彼女のその行為に、気持ち良く瞑想していた私は邪魔をされた。どうやら彼女は、レジ店員にプレッシャーを与えるタイプのようだ。
ちなみに私の後ろには待ちのお客はいない。会計中のお客の買い物かごの中は残りわずかで、年配女性の順番はすぐそこだ。応援レジを呼ぶほどでもないと思われる。

ところがだ。

『言ってやりましたぜ姉さん! この私が2番レジを解放させてやりましたよ!』

と言わんばかりに、その年配女性は誇らしげに私を見てくるじゃないか。
その様はまるで昔からの友人のようだった。

まさか私の記憶が曖昧なだけで実は友人なのかもしれないと、自身の過去の記憶を振り返ってみた。しかし脳みそを絞っても彼女とは初対面だという記憶しかない。

『あの、はじめまして。……ところで私、あなたに2番レジの解放を頼んでくれだなんて言ってないですよね? 私の代わりに言ってあげたみたいな雰囲気やめてもらえません? なんなら私、瞑想の時間が中途半端で残尿感みたいな気分ですよ』

そう思いながらも、仕方がなく会釈をしておいた。

すぐに2番レジが解放された。
年配女性が会計をし始める。
私は再び瞑想時間に入った。
ただ一点を見つめ、ひたすらボーッとする。

会計が終わった年配女性はお釣りを受け取ると、再び私に視線をやり、
『姉さんお先にレジいただきました!』と言いたげに、愛想の良い笑顔を向けてくる。しかも、『さあどうぞ』と勧めるジェスチャー付きでだ。
『……あ、ありがとうございます』
私は戸惑いながらも、テレパシーと共に会釈した。

彼女は去り際、再び私に笑顔で会釈をすると、清々しい様子で店内を後にした。

……なぜだろう。
私は考えさせられた。
『言ってやりましたぜ姉さん!』
と言った感じの雰囲気を醸し出して、そんなテレパシーを送って来た彼女。

私はのんびり行こうと思っていたが、『言ってやりましたぜ姉さん!』的な、私よりも大分年上だと思われる彼女のあの雰囲気は一体何なのか。彼女のどんな心理が2番レジ解放を促す行動に繋がったのだろう。

もしや彼女にとって、私の顔、雰囲気が怖かったのだろうか……。

省エネモード時の、私の無表情なレジ待ちの様子が、直前で待つ彼女のプレッシャーとなっていたのかもしれない。

そのストレスの行き場は、さらに弱い立場のレジ店員へと向けられた。……そんな可能性もある。

以前私は友人や同僚から、襟瀬さんは黙っていると怖い。初対面の人なら怖がるかもしれない。……と言われたことがあった。
だからそんな可能性も否めない。

私は、2番レジを解放して欲しいとは少しも思わなかったが、私の無表情の瞑想時間が、彼女にそんな誤解を与えてしまったのかもしれない。

どうやら私の無表情は周りに気を遣わせてしまうようだ。

今後、隙間時間の瞑想時は笑顔をデフォルトにしておいた方が良さそうだ。
笑顔で瞑想。
この私に出来るだろうか……。
その技術の習得は、かなり難易度が高そうだ。

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