エリゲロン(誕生花ss)

 小学生の娘が自由研究のために買ってきたのは、エリゲロンの赤ん坊だった。おおかた、長期休みに入る子どもたち向けにあちこちで催されている特集コーナーで、安く売られていたのだろう。
 エリゲロンの赤ん坊は人間の親指ほどの大きさで、どこからどう見ても、人間と同じ見た目をしている。簡単に言えば、小人だ。だが学術的には人間とは別種の生き物であるらしく、犬や猫と同等、いや、それよりも遥かに容易く飼育することが出来る。
 娘は箱から取り出した赤ん坊にひとさじの水をかけ、圧縮乾燥を解いた。目覚めた赤ん坊は小さな声で泣き叫ぶ。
「よしよし、可愛い可愛い」
 娘が小指の先で頭を撫でてやると、エリゲロンの赤ん坊は驚いたように目をぱちくりさせた。
 三日経つと、エリゲロンの赤ん坊は幼児ほどに成長した。それでも、娘の爪の先ほどしかない。どうやらメスらしいエリゲロンの子どもは、私たちの食卓の上を楽しげに駆け回った。娘はその様子を写真に収め、観察日記に細かく生態を書き加える。
 一週間も経つと、エリゲロンは娘と同い年くらいの見た目に成長した。人形のようにぱっちりとした目元と可愛らしい口元で、彼らが妖精に例えられるのも肯ける。二週間で娘の年頃を超え、三週間目には立派な大人の姿になっていた。エリゲロンは皆そうだが、彼女もやはり非常に美しく、すらっとした肢体を娘の机の上で伸ばしていた。しかし、人間そっくりに見えても人間ではない彼らは、私たちと意思を通わせることは出来ない。餌を与える人間に心を許すようではあるが、警戒心が強い彼らは、決して懐かない。
 四週目、美しかったエリゲロンは、瞬く間に年老いていった。白髪が目立ち、ぴんと伸びていた背筋は曲がり、動きが鈍った。
 買ってきてちょうどひと月目に、冷たくなった彼女を、娘が発見した。
「あーあ、死んじゃった。でも、自由研究は書けたよ」
 ねえ、燃えるゴミに捨てても大丈夫かなあ、と、娘は無邪気に尋ねた。


 名前の由来がギリシア語で「早い」「老人」というところから着想しました。(花が早く咲き早く枯れてしまうところから)

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てい
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