マンドレイク(誕生花ss)
マンドレイクは寝ていたかった。
それなのに、元気の良い人間の下品な言葉が、土の壁越しに聞こえてきて苛々した。もそもそと地面が動き、恐らく自分を引き抜く算段で人間が放ったのであろう犬が、はあはあと涎を垂らしながら土を掘り進めているのも感じた。
放っといてくれ、とマンドレイクはため息をついた。彼のため息はそれだけで四方の草を枯らし、敏感な犬の鼻を一時的に不具にした。しかし無慈悲な人間にけしかけられ、犬は挫けずにマンドレイクの草の生え際を掘り進んでくる。
そもそも誰が、マンドレイクには特殊な薬効があるなどと吹聴したのだろう。彼らはただ、静かに土の中で微睡んでいられれば、それで良かったのに。
眠りは彼らにとって最上級の安らぎだ。犬の鼻に負けず劣らず敏感で繊細な彼らは、目を覚ましているだけで、全身苦痛に苛まれるのだ。砂のひと粒、水の一滴が、即ち彼らの生きる苦しみになった。なぜこんなに苦しいのに、生きていなくてはならないのか。マンドレイク達は誰もが常に、その悩みを抱えている。
だから、白目を剥いた犬に引き抜かれたとき、彼は絶叫した。生きていることの苦痛、静かな眠りを許されない苦痛、新鮮な空気が砂に替わって自らを突き刺す苦痛によって。
マンドレイクは絶叫しながら、ヨタヨタと歩き出す。苦しかった。なぜこんなに苦しまなければいけないのか、彼には分からなかった。それは誰にも分からなかった。
どさりと傍に倒れ伏した犬が絶命していることに気がついたとき、マンドレイクは初めて少し笑った。
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