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リクニス(誕生花ss)

「私たち、そろそろ次の段階に移るべきだと思わない?」
 彼女がそう言って、おれは飲みかけていたコーヒーを盛大に吹いた。
「つ、次の段階って……」
「何、その反応。ねえ。私たち、もう同棲して二年だよ。お互い良い歳なんだし……」
 言いながら、彼女はテーブル越しに顔をどんどん近づけてくる。おれは背中をソファに押し当てて、伸ばした腕で、こぼしたコーヒーを拭いた。
「い、いや、そういうのは色々準備が必要じゃん……」
「準備って?」
 テーブルを回り込んで、彼女はおれの隣に座る。ぎゅっと手を握られ、おれはだらだらと冷や汗を垂らす。逃げられない。
「そんなに大変な話してないと思うんだけど」
 おれにとっては大変なんだ、とは言えず、目を瞑った瞬間、『次の段階』に襲われた……否、唇が一瞬触れ合うくらいのキスをされた。
「…………っ」
 思わず顔を覆うおれに、彼女は勢いよく抱きついてくる。苦しいし、段階を踏むのが速すぎて、視界が回る。
「やった! あっくんの唇を奪えた!」
 はしゃぐ彼女の顔を、まともに見られない。でもきっと、物凄く嬉しそうなんだろう。ガッツポーズをしている姿が、閉じた瞼に浮かぶ。
「あっくんがシャイ過ぎるから、色々、順番狂いまくっちゃったじゃん!」
「……だって……」
 デートをする度に過度に距離を取るおれを慣れさせる、と同棲を強行したのは彼女の方だ。おれが責められる謂れはない。しかも、今まで手しか握ったことがなかったのに、どさくさに紛れて抱きつかれたし。
 ようやく開いた目に飛び込んできたのは、満面の笑みで幸せいっぱいの彼女の顔だった。
「ね、それで、どうだった?」
 おれはまだ鎮まらない胸を押さえながら、あれなら毎日やっても良いかも、なんて思ってしまった。


 9月17日分。花言葉「転機を迎えた恋」。

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