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【パリ一日一話】14 冬とコロナとパリのアジア人

お昼ごはんを食べながらつけっぱなしのテレビを眺めていると、13区の中華街にあるドラッグストアでマスクが売り切れて、住民が不安を抱いているといっていた。数週間前のこと。

フランス人は、冬でもマスクをしない。コロナウィルスが世間を賑わせはじめた頃、マスクをしないフランス人が、マスクを買い始めた。

ひょっとすると、祖国でのマスク不足を予感した在仏中華系人が、買い占めて中国まで送っていたのかもしれない。詳細はよくわからない。ただ、そのニュースをみて、中華街=コロナウィルスって思ってしまうひともいるだろうな、とふと思った。

悪いことの広がるスピードとは速いもので。たしかその次の週には、パリで二番目に大きい、20区ベルヴィルにある中華街の売上が30〜40%減になっていると報道されていた。イメージも思い込みも恐ろしい。

中国人がいる場所というだけで、そこに住んでいるフランス人が「本当にこわいです、不安です」なんてテレビのインタビューに答えている。パリの東側にあるベルヴィルには、中国人を含めて、観光客はほぼ来ない。まさに杞憂。

そうこうしているうちに、自分もその「不安」のあおりを受けることになった。

外出先からほぼ満員のバスに乗って帰っていると、そばにいた20歳くらいの女の子がおもむろに除菌ジェルを手に塗り、ハイネックのセーターをぐいっと上げて口を覆った。心の中で、「アホかこいつ?」とつぶやいた。

その数日後、仕事関連のイベントに出かけるべくメトロに乗っていると、ドアが閉まり出発しかけた車両を追いかけ、窓越しのわたしに向かってなにかを叫んでいる男性がいる。なんだろう、と思うと、最後に唾を吐きかけられた。窓は閉まっていたのでセーフ。しかし、さすがに、グッタリした。

ここまで書くと、なんで日本人なのに?中国人とは違うのに?と思われるひともいるだろうが、たいがいのヨーロッパ人にとっては東アジアの人間は「中国人」。国による違いなんてわからない。まあ、自分だって、よく知らない地域の国の人々の区別はつかないので、お互い様。「日本人は他とは違う、文化も尊敬されてるし」、というひとは、日本を好きな外国人のみに出会ってきた、幸せなタイプなのだとわたしは思う。

数日前には、パリ郊外ブーローニュ=ビアンクールのアジア料理店(スシとかを出すところ)で、「コロナ、出ていけ!」という落書きが見つかった。パリではよくある人種差別の落書き。しかし、自分もその中に入っていると、そこそこにショッキングだ。

パリにしばらくいて思うのは、人々が想像以上に排他的であり、自分の知っているもの以外への差別心が強いということ。アジア人だけではない。多人種、多民族が暮らす街だからこそ、いつも憎悪が存在し、事あるごとに顕在化する。

アジア人差別は、いまに始まったわけではない。だけど、今回のウィルスは、おおっぴらに差別するチャンスを与えてしまった。そして、自分自身もしっかり差別される存在であるということに、気づかされた。

わたしはアジア系フランス人ではなく、フランス人と結婚しているわけでもない。ただ、おそらく、数年いるだけの通りすがりだが、そこで差別される存在になったことの、意義みたいなものを感じている。

意義というと語弊があるかもしれないが、自分の他者へ対する意識の見直しであり、気づきの機会なのではと思っている。

差別はなくせない、区別もなくせない。ただ、気づくことはできるし、そこを正すことはできるのでは、と。少なくとも自分の中では、だ。

とりあえず次の休みには、風評被害に苦しむベルヴィルで、とびきり美味しい餃子でも食べてこよう。








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吉田恵理子/ワイン&フードライター
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