風痰上攘にみる中医学の雰囲気
中医学の雰囲気を伝えたくて
わたしは中医薬膳師として中医学を1年勉強しただけのヒヨッコですが、中医学の雰囲気をお伝えするために、今日は風痰上攘(ふうたんじょうじょう)という現象(「証」という)を例にとって説明したいと思います。
「風痰上攘」の説明内容は、中医学の良さもユニークさ(いい加減だと言われちゃう部分)もよく象徴しているので、少し説明させてください。
風痰上攘とは
脾の調子がわるいと、「湿」(老廃物・不純物)が蓄積され、それらは ※「痰」(身体にわるさをする成分)となることがある、としています。この痰は、いろいろなわるさをしますが、頭痛のもとにもなります。--- 中医学には、頭痛に関連する「証」がいくつかありますが、そのなかに風痰上攘という「証」があります。これは、「風と痰が上に吹き乱れてくる」というような意味です。
脾の調子が悪い人の場合は、「肝」も栄養不足(肝血虚)になりがちです。もし肝の「陰(血)」が減りすぎると、肝の「陽(気)」が相対的に強くなりすぎて、陰陽の均衡(バランス)がとれなくなります。結果、肝の「陽」の勢いが盛んになって、体内を上昇し、肝風(かんぷう)となって揺れ動くという現象がおきます。
そして、その風が、脾の不調でたまった「痰」を頭に吹きあげて、頭部に至り、内耳、眼球、脳に入ることにより、めまい、ふらつき、頭が重い、張るような頭痛、目のくらみ、回転性のめまい、悪心、嘔吐、耳鳴りなどの症状が生じます。
このように、消化吸収機能の低下と水分代謝の障害によって生じた過剰な粘稠水液が原因となり、めまいや頭痛が生じている状態や体質を風痰上擾といいます。
この証の場合、舌は白く(脾気虚の舌象)、白い舌苔がべっとりと付着していることが多いので、診察では舌の状態も確認します。
風痰上攘の語り口
風痰上攘の説明は、西洋医学の世界からみれば、顕微鏡では見れないモノ・物理的にも証明できない現象だらけ「エビデンスがないじゃん」って話です。まさに中医学っぽい「モノの語り方」だとおもいます。
「肝の風」という、顕微鏡や科学的な検査では見えない「気」や「風」に加え、なぞの「痰」(どろっとした悪いもの)など、独特の言葉ででてきますし、詩的でおとぎ話っぽいですよね。
しかし、中医学では多くの理論が、長年の臨床実験・観察・記録により「その現象があることはわかっている」という姿勢でかかれています。「はじめにこの現象ありき」というところから始まっています。
「顕微鏡ではみえないこともふくめ、おきている現象は、すでに大量の臨床実験と観察と記録の蓄積により、事実だとわかっている。この現象を後世に伝えるために、系統的な用語と概念で、ストーリーにしてみたよ!」
とでも言わんばかりの話が多くあります。顕微鏡も科学もなかった時代の言葉なので、「これ、昔だからこういう言い方になったんだな」ということも混ざってますが、大筋はゆるがない。その積み重ねが中医学の理論だとおもいます。
風痰上攘の薬
わたしが、中医学が面白いと思うのは、その「証」のストーリーにぴったりとあった方剤たちも用意されていることです。ちゃんと伏線を回収してくれる。
風痰上擾を例にとると、わるさをする痰を外にだして、風を鎮める必要があるので「痰や湿をとかす成分をもつ生薬たち」や「肝風を鎮ませる成分をもつ生薬たち」「それらの効き目を適切に助けるための薬たち」などで構成された半夏白朮天麻湯(はんげびゃくじゅつてんまとう)方剤がその一例です。
古典を尊重しつつ カスタマイズもする
更に、中医学で私がおもしろいと思うのは、中医学では、かなり長い年月で効く薬だけが生き残っており、通常処方される薬の多くは「古典」の情報に準拠していることです。
漢方薬でも「半夏白朮天麻湯」といえば、上に書いたような古典通りの配合で作っています。例えば、日本の薬局で売っている、大手の製薬会社による半夏白朮天麻湯も、説明書には、『脾胃論』の配合で各生薬を煎じたものを顆粒(あるいは錠剤)にした、という説明が書いてあります。また、具体的に各生薬の配合(グラム数)がかかれており、その割合は引用元の古典の情報に準拠しています。(ただ、日本の市販薬の場合は、比率こそ同じですが、すべてのグラム数が少ない=うすい薬になっています。)
そうはいっても、古典通りに処方しておわり、ということではありません。患者に応じてカスタマイズされます。
本場の中国の中医師が、生薬の煎じ薬を処方するときは、患者の調子や体調によって、ベースの方剤の比率をもとに、ある効き目の方を強めるために、比率を調整したり、別の中薬を足したりします。したがって、中国の中医が処方する場合は、どの薬も一つとして同じ配合ではない、とさえ言われています。
また、この記事では半夏白朮天麻湯を例にとり強調してしまいましたが、同じ風痰上攘の証に対して、別の視点から、半夏白朮天麻湯以外の、別の顔ぶれの中薬をあわせた方剤を処方することもあります。
風痰上擾の薬=頭痛薬ではない
一例として半夏白朮天麻湯を出しましたが、この方剤は「証」に対して作られた薬であり、「頭痛」という症状にたいする「頭痛薬」ではありません。
中国の薬は、「証」に対して処方されます。だから、頭痛であっても、ちがう現象(証)だと判断されれば、半夏白朮天麻湯は処方されません。
また、めまいだけを訴える患者であっても、その全身の状態からみて根底におなじ「証」があると判断されれば、半夏白朮天麻湯が処方されます。
風痰上擾、脾気虚の症候を呈する疾患であれば、メニエール病、自律神経失調症、脳血管障害、動脈硬化症、高血圧症、低血圧症、慢性胃腸炎、胃潰瘍にも処方される場合があるそうです。
ともかく、全身状態から判断した「証」をベースに、そのような処方をするのが、中医学の世界です。
薬膳
薬膳では、薬でやるのとおなじことを、食材+料理の工夫でおこないます。
症状がきつくなって深刻な病気になる前に、あるいは治療中に、その「証」を緩和するのに役立つよう、食事に配慮するのが薬膳です。
中薬には、帰経(肝の経絡にきく等)・性味(苦い・辛いや、身体をあたためるなど)と効能(何の「証」にきくか)の情報(スペック)があるのですが、中医学の薬膳の本では、各食材の帰経・性味・効能の情報もまとめられています。これも古典に準拠しています。
中国人は、調子が悪いと思ったらまず、食を変える(○○をたべてすぐ寝ちゃう等)、薬に頼るのはそのあと、という話も聞きます。
薬膳についてはまた別の記事でお話したいと思います。
参考文献
『中医臨床のための方剤学』(東洋学術出版社)