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「とにかくうちに帰ります」

不真面目だとわかっているけど、職場にくるといつも頭の中でこう思ってしまう。

「うちに帰りたい。」

そんな自分が、図書館で秀逸すぎるタイトルに心惹かれて借りた津村記久子さんの本。

うちに帰りたい。切ないぐらいに、恋をするように、うちに帰りたい――。職場のおじさんに文房具を返してもらえない時。微妙な成績のフィギュアスケート選手を応援する時。そして、豪雨で交通手段を失った日、長い長い橋をわたって家に向かう時。それぞれの瞬間がはらむ悲哀と矜持、小さなぶつかり合いと結びつきを丹念に綴って、働き・悩み・歩き続ける人の共感を呼びさます六篇。

新潮文庫 「とにかくうちに帰ります」津村記久子 著 
裏表紙作品紹介より


表題作の「とにかくうちに帰ります」も、なかなかクセのある登場人物たちの会話やら行動が、「そうくるか〜」と思わせる絶妙な文体で書かれていて楽しめたけど、一番印象に残ったのは「職場の作法」という連作短編だった。

語り手はある会社の勤め人の鳥飼さんという女の人で、職場の先輩・後輩・上司の仕事ぶりや職場での振る舞いなどを彼女なりの視点で語ってくれている。

職場の先輩・後輩・上司がことごとく、「あーこういう人いる(もしくは過去にいた)わ。」と、共感の嵐なのである。

鳥飼さんが語ってくれた職場の人たちの中で、この人と一緒に働いてみたいなと思ったのは、田上さんという女の人だ。

鳥飼さんが語る田上さんの基礎情報はこうだ。

田上さんは、短大を出てすぐに見合い結婚し、子供が保育所に通い始めると同時に飲食業のパートを始め、しかし腰を悪くして事務職に転向し、この会社に入った。
今年で五年目である。
ぽっちゃりしていて、年齢より少し上に見える。動きもしゃべり方もゆっくりで、見るからにおっとり型である。
実際におっとりした人だ。

新潮文庫 「とにかくうちに帰ります」津村記久子 著 
「職場の作法」より

このおっとりしている田上さんは、自分の書類仕事を正確に時間管理して遂行しているのだが、鳥飼さん曰く「社内の男連中は田上さんの仕事を誰にでもできる字を書くだけのものと侮っている」ようである。

うーん。そういう侮っているかんじって隠してるようで、全部伝わってるんですよね。。

そんな田上さんは、ノートに自分自身が決めた仕事への心構えを書いていた。
鳥飼さんが、職場に誰もいないときに誘惑に負けてこっそり開いてしまった田上さんのノートには、こんな項目があった。

・どんな扱いを受けても自尊心は失わないこと。

新潮文庫 「とにかくうちに帰ります」津村記久子 著 「職場の作法」より

仕事をしていると、自分なりの「こだわり」や「信念」みたいなものって、きっと一人ひとりにあると思っている。
それは、他人にとっては「取るに足らないもの」かもしれないけど、自分の心の中では大事にしておいたほうがいいよなぁと、田上さんの仕事への心構えを読んで改めて感じた。


考えてみると、職場って不思議な場所だなと思う。
いろんな年代の人がいて、一人でできる仕事もあるけど、大抵の仕事はいろいろな人と調整したり、話し合ったりする。
人間的に価値観合わなそうだけど、仕事をする人としてはまぁなんとかやってけるかなという人もいれば、その反対もあると思う。

なんとなくだが、「価値観合わない人ばっかりだけど、仕事上のお付き合いだから、まいっか。帰って夜はハーゲンダッツでも食べながら、読みかけの本読もう。」などと、気持ちの切り替えができなくなるほど悩んでしまう職場は、そこを離れる方法を考えたほうがよいのではと思っている。


職場や仕事、一緒に働く人との関係性などに思いを馳せるのに、そっと寄り添ってくれるような優しい小説だった。
津村記久子さんの作品はこれまであまり読んでこなかったので、他の作品もコツコツ読んでいきたい。

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