推し活での「認識」について
ある日、スタッフがいつに無く真剣な表情で質問を投げかけた。
「次の休みに初めて推しのライブを見に行くことになったのですが、正直な所、ライブのステージからどれぐらい客席って見えているのでしょうか?」
イベントに参加し、憧れの人に対峙するとき誰もが一度は意識するであろうポイントである。
その場では一緒にいた他の演者が主導して答えていたので回答を任せ私は聞き役に回ったが、良い題材だったのでここで今回は「認識」をテーマに、過去ユニット活動を行い有難いことにライブやイベント握手会など含め数百のステージを踏ませていただいた私なりの答えを書いておこうと思う。
そして応援する時に意識すると良いポイントも記載しておきたい。
好きなアイドルや役者を応援したりグッズを買い求めたりと現在多岐にわたる「推し活」について、参考の1つにして頂けると幸いだ。
そもそも客席はどうみえているのか
まず結論から申し上げると、ステージから客席はしっかり見えている。
ファンが思っている以上にひとりひとり見えているし、そもそも登壇者は客を意識しているものなのだ。
物理的距離のあるアリーナ後方などは流石に厳しいが、客席から見て演者の顔のパーツが認識できる距離なら演者も同じように客席を認識できている。
あなたが学生の頃、学習発表などで人前や教壇に立った時を思い出して欲しい。クラスメイトひとりひとりの姿は意外と見えていたのではないだろうか。
勿論、演者によって認識範囲は違う。
演劇などでは舞台の世界に集中する為わざと意識から客席を切り離す人もいる。だがそれは場面に合わせて認識スイッチを切り替えているだけであって、演者が直接客にアピールを行う所謂「ファンサービス」が無くても、間違いなく演者本人は客席を認識して日頃から練習、パフォーマンスを行っているので安心なされよ。客席あっての演者ありだ。
本番の興奮状態でゾーンに入っている頭の中でも、歌いながら踊りながらでも意外と冷静に「あの人今日も来てくれているな」「グッズ着てくれてる」「おっ目が合った、いい笑顔だなあ」など感じているものだ。
会場での振る舞いについて
アイドルイベントに参加する際、メンバーそれぞれに「担当カラー」がある場合はペンライトやカラーアイテムを身に着ける事は必須と言える。演者は客席を眺める時、自ずと自身の担当カラーに注目する。
これは演者からすると情報量の多い会場内で瞬時に認識ができ、客席側からの明確な好意の意思表示であるからだ。
正直なところ、演者側も限られた時間の中で誰も彼にもファンサービスを行うのは難しい。張り切って全体的にファンサービスを行っても、別の本命のメンバーを目で追っていてこちらを見ていなかったり、反応が薄く空回りといった寂しい経験をしている演者が意外と多い。そんな中で自身の担当カラーが目に入れば「この人にファンサービスを行ったら確実に喜んでくれる対象だ」と感じ自信を持って振る舞うことができるのだ。
会場内に自身の担当色を見た演者は、客席からの応援にモチベーションが大きく上がり、パフォーマンスが向上。ファンは意中の演者からファンサービスを受ける確率が上がり、より向上した活躍を堪能できるといった演者と客の需要と供給が合致。お互いwin-winの関係を築くことができるのだ。
対人関係の基本は先手必勝だと感じる。
まず先に示すが吉。コミュニケーションが欲しいなら、まずは自身から意思表示を行おう。人に好かれたいなら人を好きになる事から始めよう。
一つ注意点としては、決して変に目立とうと大袈裟になってはならないことだろうか。会場を動かす運営責任がある演者ははみ出し者に警戒する。ルールを守り、品よく正しく行動すれば必ず演者は見てくれるだろう。
アイドルではないライブやイベントは、会場の許可があれば然るべきタイミングで声援を送ると良い。学校や会社、喧騒の中でも意外と人の声を聞き分けられるよう、ステージ上の人間も声の違いを認識出来ている。
ここで重要なのは、それぞれのグループのタイミングを測ること。
変なタイミングで声を出すと周囲から浮いてしまうし、進行の妨げとなってしまう。イベントは何より一体感が重要。イベントに慣れるまでは他のお客さんが声を出すタイミングで一緒に応援しよう。
ちなみに、バンド系は最推し以外のメンバーも満遍なく応援する事がポイントだ。とても喜ばれるし、客も通い詰めているような「ツウ」な雰囲気を醸し出す事が出来る事だろう。
メンバーひとりひとりが奏でる音、そしてあなたを含めた全員でライブを作っている事をお忘れなきよう。
握手会やサイン会、限られた時間内での振る舞い
限られた時間だが、実際に対話し至近距離で交流できるのが魅力の握手会やサイン会。
憧れの人物が目の前に現れ意識を向けられる為、大いに緊張もあるかも知れないが、以下のポイントを踏まえていただけるとスムーズかつ効果的ではなかろうか。
基本はとにかくしっかりと演者の目を見る事。
人間はアイコンタクトにて互いを認識し、対人交流を図る。生物学的にアイコンタクトが無いと人の記憶には残りずらいそうだ。
そして必ず初めに自己紹介をする。
実際の名前でも良し、呼ばれたい名前でも良し、普段ファンレターに記載している名前やソーシャルメディアにて使用している名前を伝える。
名前も個の認識では重要な項目だ。
日常生活でも相手の名前を忘れてしまうと、その人の存在自体が曖昧になってしまう。
ラジオなどを聞いていると、他のリスナーからの便りで読み上げられるペンネームを意外と覚えていて「またこの人の手紙が読まれているな」と感じた経験はないだろうか。
演者も同じく手紙やソーシャルメディアにて掲示されているファンの名前を認識しているので、名前をしっかり伝えることで演者からの認識もより深まる事だろう。
実際に迎えた演者との対峙では、興奮と緊張で会話が飛んでしまうこともあるかもしれない。
そんな時、焦って無理に内容を捻り出す必要はない。「応援しています」「大好きです」本来はこれだけで十分だ。そもそも演者は時間を割いて自分に会いに来てくれるだけで十分に愛おしく嬉しく思っているものなのだから。
以上基本を紹介した所で、ここからより具体的かつ効果的なポイントを紹介したい。それは演者に「貴方に影響を受けました」と伝えること。高い確率で好印象を得るだろう。
人前に立つ事、何かを創作する事を生業にしている者は、誰かに影響を与えるという事に何より喜びを感じる為「貴方が先日おすすめしていた物を私も使いました」「本を読んで感銘を受けました」「歌声が大好きで毎日聴いています」などの『貴方の影響で私の人生、生活がこうやって変わりました』という事を伝える。
創作者の核心を突く。これを嫌がる表現者は居ないと言ってもいいのではないだろうか。
…他の皆には内緒だが、ここで絶対にやってはいけないタブーを紹介する。
数回会った演者に対して直接「私の名前覚えてる?前回いつ来たか覚えてる?」
この一言を発したら一瞬で演者からの好感度が急降下するので注意なされよ。
これは所謂「試し行為」に該当する。
足を運んでくれた事に感謝し一生懸命ファンひとりひとりに対応し喜んでもらおうとしている演者に大きなプレッシャーを掛ける。たとえ演者が覚えていてもいなくても、会話で相手に「試し」を与えてしまう事となるのだ。
仕事でも大切な取引先の人間に急に「僕の事覚えてます?名前は?」なんて言われたら瞬間誰しも肝が縮まり、背中に汗が伝うのではないか。
上記は他の演者に聞いても悲しかった事の上位に必ず食い込む程だ。
好きだからこそ気になりつい聞いてしまいがちだが絶対に止めよう。
では反対に他の演者に「覚えやすい人の特徴」を聞くと、
高い頻度で来てくれる、名乗ってくれる、笑顔で仲良く話してくれる、目印になるキーホルダーや衣装などを毎回身に付けてくれている(驚くことに段々とそれを見ると安心するようになるらしい)などの意見がよく挙がった。
高い頻度は単純接触効果という心理効果であるし、目印があると印象に残りやすいのは確かだ。
「今後どうしても覚えてもらいたい!」という人は試してみてはいかがだろうか。
ちなみに客席の見え方と通ずるのだが、演者はファンが思ってるよりファンの事を見ているし、しっかり覚えているので基本的には演者に身を委ね、安心して参加すれば良い。
長くなってしまったので纏めると、
全行程でしっかり目をみる、挨拶、名前を名乗る(かなりの常連であったり既に認識されている場合は多少省いても良い)、一言好意を伝えるまたは影響に対しての感謝を述べる、自身の思いを伝える、これからも応援してますと締めくくり今後に関しての意思表示を見せる。
この工程を基本軸に、自身が伝えたい事を組み込んだオリジナルアレンジをしてみては如何だろうか。
ちなみにサイン会での振る舞いでは、筆者の中にはサインを書く事に集中したい(書いている途中は話せない)人もいる。
筆者が集中したいタイプであれば、その場合は喜ぶ仕草を見せながらも静かに生み出される筆先を辿ると良いだろう。書き終わったらすぐにお礼と喜びを伝えればよい。
筆者が書きながら話せるタイプであっても、サイン中は出来るだけ負担がかからない簡単な話題を用意し投げかけよう。
筆者側から話題を振ってくれるタイプなら身を任せニコニコワクワクしながら答えればよい。
ソーシャルメディアを活用しよう
現代社会において多くの人が活用するソーシャルメディア。推し活をしている方なら情報収集ツールとして活用しているのではなかろうか。
演者は、ほぼ100%の確率で自身の名前などで検索するエゴサーチを行っている。というのも演者は人から感想を得る機会が意外と少ないのだ。
何がウケたのか、今日のイベントの感想を知りたい、などファンが情報収集するのと同じように演者自身も情報収集をしている。
禁止されていないのならファンはどんどん感想を書くべきであろう。
レポートのように精密でなくて良い。
「今日の◯◯くんかっこよかった!」「あの衣装大好き」など一言で良いのだ。
その一言が演者にとってどれほどの活力になる事か。
ここで演者の名前やイベント名を入れたり、推奨されているハッシュタグを使用したりしてエゴサーチに引っかかる可能性を上げる事をお忘れ無く。
何故私が発信を推奨するかというと、書き込みや反応が無いと演者視点だと「今日はいまいちだったのかな」「あまり私は人気が無いのかな」「反応が薄いからこのイベントは辞めるか」といったマイナスの事態を招きかねないのだ。
情報が溢れる現代では、時に沈黙が悪い方面への肯定になってしまう事がある。
スタッフやクライアントも演者の名前で間接的エゴサーチを行う為、反応が無いと「この演者は数字が稼げない」と判断され、今後の仕事に繋がらなくなってしまう。
漫画連載誌の人気投票と仕組みは同じである。
出版社は限られた範囲の読者からしか反応を測れない。どれだけ優れた作品でも、感想や投票が無いと出版社は数字を稼げず作品に人気が無いと判断し、連載終了を迎える事となる。作者は職を失い居場所を失ってしまうのだ。
コンテンツには人それぞれの楽しみ方がある。
勿論感想を伝える事も、大切に内に秘める事も素敵な楽しみ方だ。
だがもし今後応援する演者の活動が減ってきたなと感じた際には、この情報を思い出してみてほしい。その際は一肌脱ぎ、発言する事も良いのかもしれない。
発信することに関してやや大袈裟な表現となってしまったが、何より大事はコンテンツを楽しむ事だ。ソーシャルメディアでの発信にプレッシャーに感じる必要はない。まず自身が楽しんだ感想を日記のように綴れば良いだろう。
あなたの楽しみが演者やスタッフを動かし、その感想を見かけた他の新たなファンの入り口を生み出し、コミュニティーを築き、幸福の連鎖を作っていく事となるのだ。
余談だが、ソーシャルメディアのプロフィール欄に演者の名前やよく使われる絵文字記号などファンと一目でわかるものを入れておくと高確率で認識され、それを見た演者は大喜びする事間違いないのでおすすめである。
差し入れや手紙の贈り物
海外の演者は来日すると驚くことがあるそうだ。それは演者に対するファンレターや差し入れ。日本以外ではあまり馴染みがない文化のように感じる。
「日本のイベントに参加したら手紙やプレゼントを沢山受け取ったんだ。多すぎて持って帰れないよ!」と嬉しそうにInstagramへの投稿を行うハリウッドスターをよく見かける。
我々は古くから、差し入れや貢物に関して馴染みがある。
デパートには菓子折りが並べられ、春夏秋冬でお中元だお歳暮だと何かと小包を送りつけ、友人が結婚したり子どもが生まれたら今後の生活に適した品を贈る。
風習として義務的な場合もあるが、何より好んで贈る場面の方が多いのではないだろうか。
差し入れやプレゼントの根底にあるのは、贈る相手への感謝や想いだ。
どこか口下手でシャイとされる日本文化で物品を贈ること、それは可視化された思いであり、柔らかな愛情だろう。
習慣的にも文化的にも贈り物好きな我々は、意中の演者に手紙を書いたり差し入れをしたいなと考える事もあるだろう。禁止している所は少なく勿論歓迎されるが、ここにも注意点がいくつかあるので参考にしていただければ幸いだ。
もう基本中の基本なので皆ご存知だろうと思うが、
肉魚などのナマモノや手作り料理を送るのは絶対に止めるべきだ。
体調管理が仕事の演者は万が一に備え本番前はナマモノ手作りお菓子は口にしない。口に入れる物以外でも開封品は避けるべきだ。最悪スタッフからの警戒対象になるだろう。
差し入れは必ずお店で購入した物、未開封品(手作りの小物やイラストなどは除く)、お菓子はできれば個包装されているものを選ぶ事。
個包装品はマネージャー、スタッフと分け合い「あの差し入れ嬉しいね美味しかったね」なんて話題に出る事もよくあるし、グループ活動だと「ファンの○○さんから差し入れもらったんだけど一人じゃ食べきれないからどうぞ」とメンバー同士でお裾分けが発生したりもするのだ。
ではここで、他の演者にも聞いた「嬉しい差し入れ」をお伝えしたい。
皆ほぼ同じ結果が出たのが印象的だった。
それは、「ケア用品」
演者は体力的な仕事である。身を削り輝くためケアが十分に必要だ。
イベント後は消費したエネルギーの回復に努めたい為、休養をより豊かにしてくれるアイテムがとても喜ばれる。特に「毎日使うには多少コストがかかるし自分では沢山買えないけど、休養で遠慮なく使用できる物」が有難いという。確かにこれは演者以外でも現代で働く方は皆同じではないだろうか。
演者の好みに注目したい。嗜好品を楽しむ人ならご当地酒や煙草コーヒーギフトなどが喜ばれるし、美容やボディメイクに注目している人なら近年発売されている機能的な入浴剤や香り豊かなソープなど。ツアー中で移動が多い人なら使い捨てられるアイマスク、歌手なら喉に良いとされるのど飴やはちみつなどなど。
演者それぞれにとっての「癒し」が重宝される。
勿論、お勧めの品を送るのも喜ばれる。演者自身では出会うことがなかった物に触れられる絶好の機会だし、今後生活や創作に活きる事も多いので是非あなたの推しにお勧めしてあげてほしい。
演者は皆差し入れを心からありがたく感じ、日々感謝しながら使用していると言う。
噂でよく聞く「フリマサイトで売られる」「開封せずに捨てられる」は基本無いと言って良いし、人から送られた物や気持ちをぞんざいに扱う者は手厳しい発言となってしまうが、人の前に立ち受け止め演者として活動するにはやや自覚が薄いのではなかろうか。
業界を動かす大御所も、楽屋や移動中でファンからの手紙やソーシャルメディアのメッセージに嬉しそうに目を通しているものだ。
手紙差し入れなどの思いが演者の背中を押し、演者は感謝の気持ちをお返しする為により一層精進を続けるのだ。
ここまで差し入れに関して記載したが、まず演者にとってはファンのイベント参加や音楽書籍グッズ購入が何より嬉しいプレゼントなのである。
公式で推奨されている方法で楽しみ、差し入れは送りたい場合のおまけで考えよう。
ちなみに、演者には不思議と差し入れ好きが多いので、演者自身も差し入れを贈る喜びをよく知っている。思いを邪険にされる事はないだろう。
推し活での「認識」について
タイトルに戻ろう。推し活においての「認識」は可能である。
ここまで読んでくれた方は何となくお気づきかも知れないが、演者とファンは思っている以上に近くありそれは親密な関係だ。
時に販売者と消費者であるが、演者はファンに支えられファンは演者の創作を楽しみ、互いに与え反応し合う存在なのだ。
注意点もいくつか記載したが、マナーやルールを意識すればトラブルを回避できる可能性が上がるし、より一層楽しむ事が出来るだろう。
ファンと演者、創作者は不思議と纏う雰囲気が似ているように感じる。
憧れからか、影響からか、何か通ずる部分があるのか、きっかけはそれぞれだと思うが、一度きりの日々の中で巡り合い、互いに心を傾け楽しみ反応し合う光景を私はとても好ましく、ロマンティックに感じている。
さあ、存分に楽しもうではないか。
目の前にある感情や経験を互いに共有し、同じ時代を生きていくのだ。
果たして冒頭に質問をしていたスタッフは演者の目に映ったのだろうか。スタッフの目には推しがどう映ったのだろうか。ここにまたひとつ反応が生まれた事を愛おしく思う。イベントに参加した感想を聞くのが楽しみだ。
その瞬間、私は推し活にて人が心を動かされる瞬間を「認識」することになるだろう。