最相葉月・増﨑英明 胎児のはなし
友人の家にあそびにいったとき、引っ越しをするから興味のある本があったら引き取ってほしいと頼まれて何冊かの本を持って帰ったことがある。そのなかに『胎児のはなし』(ミシマ社、2019年)があった。
とてもおもしろそうなのでいつか読もう、いつか読もうと思っていたが、妊娠してはじめてページを開いたのが今年の2月のことだった。もっと早く読めばよかったと思うくらい、おもしろくてあっという間に読めてしまう。最相さんと増﨑先生の対談形式の本だ。
最相さんはまえがきで、自身が二十代のときに読んで感銘を受けた『胎児の世界』(1983年、中公新書)を引き合いに出す。それから35年あまりがたち、技術の進歩(超音波断層法や遺伝子解析など)にしたがって、生きたままの胎児を観察できるようになった。このことは出生前診断の技術として社会的に認識されているが、胎児を生かす「胎児医療」の進歩につながっていることはほとんど知られていないというのが本書の出発点となっている。
自分の母親が生まれた時代は超音波も何もなかったので、昔の人の知恵でのみ妊娠出産が行われていたということになる。わたしが生まれたのは1989年だが、かろうじて一枚の超音波写真が新生児期のアルバムに貼り付けられているのを見たことしかない。
そして今、わたしは妊娠24週目に突入。先月は精密超音波検査を受けるなどして、おなかの中の胎児の姿を目にすることができている。それは胎児への強い愛着につながっている一方、「見ようと思えば見える」「知ろうと思えば調べられる」という好奇心、怖いもの見たさ、不安、迷い、葛藤、といった種々の感情を引き起こしていることも事実だ。
本書では、胎児研究の歴史紹介から始まり、第二章以降は増﨑先生が産婦人科医になるまで、なってからどんな研究をしてきたかを通して「胎児のはなし」が繰り広げられる。とにかくゆるい雰囲気で、楽しく読める。
かつて誰もが胎児だった。本書を読んで胎児について知ることは、自分を知ることでもある。だから「出産経験のある人も、ない人も、男性も、読んで楽しくて、ためになる!」と帯に書かれているとおり、誰にとってもおもしろく読めるはずだ。
わたしがいちばん驚いたのは、胎児のDNAが母親の体内に入り込むという事実だった。胎児のDNAは両親から半分ずつ受け継がれている。だからつまり、母親の体内には父親のDNAが入り込んでいるということになる。
子どもを妊娠すると夫婦は胎児を通じてこんな意外な絆で結ばれるのかという衝撃。ただし父親の体にはその両親のDNAしか流れていない。ちょっとかわいそうだね。