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熱海の昭和レトロな廃ホテルでテクノを聴き続けた3日間:rural presents. New Acao in Atami
2022年7月16日から18日にかけての三連休、静岡県熱海市の「ニューアカオ」で開催された音楽イベント『rural presents. New Acao in Atami』に参加してきました。
日本各地の山中でストイックにも数日間ぶっ続けでテクノを鳴らし続けるマラソン型のDIY奇祭『rural』については以前も書いたとおり。
そのスピンオフ回が、例の感染症の流行以来3年ぶりに、しかも熱海で開催されると聞いて驚いた! なにせ、熱海は縁あってここ数年の間に何度も友人と音楽制作合宿に出かけているし、超ローカルな夏祭りも見たし、ひとりで海水浴も行くなど、自分にとって大変に馴染みの深い街だったから。
『rural』はその名が示す通り、これまで基本的に屋外のキャンプベース併設の場所でしか開催されていなくて、場所も敢えて定めず東京から車で何百kmみたいな郊外を点々としてきた。今回のように、スピンオフといえども熱海のような都心からアクセスしやすいメジャーな観光地で、まして屋内で開催されることがあるなんて思ってもみなかった。
そしてまた、熱海のはずれ、切り立った崖の廃ホテル「ニューアカオ」が隠れた見どころらしいという話は以前Twitterバズの流れで知っており、今回のメインフロアがまさにそのニューアカオの誇る大食堂間であるというのにもびっくり。あんなところでruralやっていいの! できるんだ!? みたいな。
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前回よりも短いとはいえ、3日間にわたるイベント。宿泊はどうするのかと思ったら、なんと2021年に営業終了しているはずのホテル館内の数部屋をイベント専用に貸し出すとのことで、予約開始と同時に友人に手配してもらった5人部屋に泊まることができました。そうでなくても、場所が場所だけに周辺に宿泊施設はいくらでもあって、野外キャンプよりも遥かにハードルの低い参加条件。なにより踊り疲れた体を癒すに絶好の温泉地という、行かない選択肢はないイベントだったのでした。
ありえないロケーション
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会場の「ホテル ニューアカオ」は熱海港の南端、海に面して、B級スポットとして名高い熱海城や熱海秘宝館を擁する切り立った崖の麓に建てられた17階建てのホテル。前述のとおり、現在はホテルとしては使われていない。48年間にわたる営業を終了した背景には、建物の老朽化や感染症の流行による宿泊需要の激減があるとのことですが、元寺田倉庫CEOが経営に参画された後ここを舞台にしたアートイベントを積極的に仕掛けていて、今回のruralの開催もその一環であるようです。
ちなみに、ニューアカオを含む一帯はACAO SPA & RESORTとして早々にリブランディングを果たした形となっており、そのうち新館ホテルアカオは現在も宿泊営業を行っています(そこそこお高いホテル)。
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ホテルへは市街から歩いても15~20分くらい。坂を上り、このような雰囲気のある隧道を抜けると、崖にそびえ立つ白い建物の17階がエントランスになっている。
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でね、もう中は豪華絢爛というのか、年季は入っていてもよく手入れされており、かつての栄華を想像させるに足る充実のインテリアなのでした。ところどころに立ち入り禁止テープが貼っており、イベント中であってもいま一般客が入れるところは多くはないんだけど、それでも見どころは多かった。いくつかピックアップして紹介します。
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ruralのエントランスは2階。メインフロアにあたるCrimson Stageは、かつてホテルのメインダイニング「錦」として使われていた大広間です。
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めちゃめちゃいいでしょ。ガラス張りのすぐ向こうは海、東側の視界を遮る松の木を生やした奇岩の威容、寄せては返す荒波…。そしてこのVOID acousticsサウンドシステムから骨を震わす爆音で鳴らされるテクノ。待ちに待ったruralが始まった。
ruralらしい音響と演出
Wata Igarashi 2022-07-17 2:45 @ rural presents. New Acao pic.twitter.com/WWr3T6OG2z
— R-9 (@epxstudio) July 19, 2022
今回のこの会場を使ったruralの演出意図は明確で、それは元々の環境、内装を活かして極力シンプルに、魅力的に見せようというもののように感じました。中央ステージ上の幾何学的なインスタレーション、ブース左右に吊り下げられた巨大なフラワーオーナメントといくつかのミラーボールのほかはアーチ状の柱廊を照らすスポットライトだけ。フロアは極限まで暗く、スクリーンもストロボもスモークもレーザーもない、言ってみれば長野の山中で行われた前回のruralをそのまま屋内レイヴの形へ継承しているのでした。
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タイムテーブルは16日の16時から18日の10時まで引いてあり、メインフロアが休憩の時間帯はサブフロアが引き継いでの42時間の長丁場。注目していたアクトは、なんと言ってもスペインとUKにおけるハードミニマルの両雄Oscar MuleroとSteve Bicknellでした。
Oscar Mulero 2022-07-17 5:23 @ rural presents. New Acao pic.twitter.com/Q0BLnBMorA
— R-9 (@epxstudio) July 20, 2022
いやームレロすごかったね! 朝方にかけての3時間があっという間。ずぶずぶにハマれる一貫してダークな世界観のテクノで、夜が明けて会場のオールドスクールかつフォーマルな調度品が輪郭から徐々に光に照らされてゆく様子も粋だった。こんなにも夢のようなシチュエーションはそうそうない。
広間の天井の高さに反して、いわゆる展示会場や倉庫のような残響はほとんど感じなかった。元々が音響的な効果を織り込み済みで設計されているのか、はたまた各所に配置された大小スピーカーの設計が効果的だったのか、どこにいても聴きやすく、スピーカー前などでうるさければ耳栓で調整すればいい感じでした。空調も快適で暑くなく、なにより板張りでないふかふかのカーペットのうえで踊るという経験も珍しい。
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Steve Bicknell 2022-07-18 4:33 @ rural presents. New Acao pic.twitter.com/p6nnoUkE0K
— R-9 (@epxstudio) July 23, 2022
3日目の朝に回したビックネルも良かった。最後に聴いたのはたぶん2010年のUnitに来たとき以来で、当時はまだアナログで超ラフに繋いでいく男気の世界観に衝撃を受けたものだけど、CDJ4デッキの今も基本的には何も変わらず、微動だにせず繰り出す繊細なストーリー作りからは、風貌もあいまってほとんど仙人のような老練の凄みを感じた。テクノの恍惚のすべてを見せてくれる。
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Steve Bicknell 2022-07-18 5:10 @ rural presents. New Acao pic.twitter.com/Wu629B536R
— R-9 (@epxstudio) July 23, 2022
それと久しぶりにこんな音量で踊って感じたのは、テクノの低音って振動なんだなという(当たり前の)こと。家で聴いても意味ないみたいな極端なことを言いたいわけではないんだけど、なんというか、100Hz以下のキックもサブベースも便宜上音としてレコードに刻まれているだけの、実質的には振動情報なのだ。振動として再生する装置があって初めてわかる。だから、世のトラックメーカーはみんなこの振動の設計を家とかの環境で想像だけでやっているの本当にすごいなということでもある。
耳だけで音として聴いているとわからない世界というのが確実にあって、それはやっぱ上のような動画とかでは伝わらないのだ。「場所」と「機会」があることのありがたみを感じる。
合間に熱海中心街を散歩
2泊3日の長丁場であるので、体力を踏まえたペース配分は今回特に難しかった。ただ、幸いにして同じ館内に部屋が取れたことから、疲れたら好きなタイミングで休むなり寝るなりできる。有料とはいえ温泉もあるし、こんな贅沢な遊びかたはもちろん初めて。
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2日目の日中はよく晴れて、食事がてら市街へ歩いて出かけた。サンビーチはほどよく賑わっており、夏の盛りを実感。さすがに疲れてしまって泳ぐことはできなかったので、波打ち際までは行って水遊びしました。
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海の日を含むさすがの三連休、熱海の街中はどこも大賑わいなんだけど、観光地がよくそうであるように人気スポットにばかり人が集中している印象で、一人ならところどころにぽっかり空いた穴場を見つけて辿っていくのも楽しい。気になっている純喫茶がいくつかあった。今回はこちらの静かな和喫茶「榛(はしばみ)」さんで静岡茶を楽しんだ。
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今だからこその遊びかた
にしてもまあ、この数週間の感染者数の増加ぶりですよ。わたし自身は常時マスクで過ごしていたとはいえ、おそらくは1,000人を超える参加者はそれぞれに健康リスクも予防意識も異なるわけだし、事実フロアでのマスク着用率は2割にも満たない様子でした。もはや3日間のどこで感染していてもおかしくない状況ではありましたが、帰宅から5日経って、幸いにして自分も参加した友人たちもみんな元気にしています。
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フェスシーズンを迎えるにあたり、サマーソニック公式などが明確にノーマスクポリシーを打ち出すなか、実態はどうあれruralは運営としては会場内の掲示などでもマスク着用を呼びかけており、そこは支持できるポイントでした。これ以上は求められないよ。
数年にわたる自粛を経て、ようやくチャンスが重なり、屋内フェスという形でこのような遊びかたができるようになったのは本当に喜ばしいこと。マスクをしながらでも、また人生をやっていかないといけない。人生というのは仕事とか家庭とかの日常だけでは全然なくて、こうした非日常も人生の大事な一部なので…どちらか一方守れればという話ではないのでね。
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そしてまた会場の「ニューアカオ」。今後どういう方針でいつまで建物が残るのか分からないけれど、同様の試みが続いてくれたらいいなと思います。参加者としては、こんなに恵まれた環境もう二度とないかもしれないというレベルの快適さで、ruralらしい手作りのオペレーションも相まって強く記憶に残るイベント体験になりました。今しかできなかった、奇跡のようなruralを実現してくれたスタッフの方々へ感謝。
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またいつかここで遊べたらいいですね。
Jane Fitz 2022-07-18 10:16 @ rural presents. New Acao
— R-9 (@epxstudio) July 23, 2022
おわりです pic.twitter.com/3zYuDMoE1y
2022-08-07:記事の内容に一部誤りがあったため訂正しました。