チューナーは諸刃の剣 - 理論編
私の大学時代の先輩がコンマスであった頃の名言で「Aはどこにでも転がっている」というのがある。当時大学1年であったのであまり意味はわからなかったが、ある意味的を得ている。ここでは、その検証をしてみる。つまり基準音A=442Hzがどれほど一つの曲の中で動いているものなのか、物理学の面から検証してみた。
まず、オーケストラのチューニングはA音を基準に、弦楽器は完全5度(コントラバスは完全4度)調弦をする。完全5度調弦は、E<—A—>D—>G—>Cであり、完全4度調弦は、G<—D<—A—>Eである。 第1の疑問は、開放弦はどれくらい12平均律から乖離しているかということ。完全5度の周波数比は2:3、完全4度は3:4であるから、セント単位で表すと以下のようになる。(1セントは12平均律の半音の1/100)
E +2
A 基準
D -2
G -4
C -6
ということは、チェロやビオラのC弦解放が出てくる曲はチューナーを頼っていたらかなりずれていることになる。例えば、ベートーヴェンの運命の第4楽章がそれにあたる。この曲はC-Durである。冒頭の和音で2ndVnにはG弦解放、Va、VcにC線解放があるから、必然的にそこが基準になる。つまりそのC-Durの基準はA=442で合わせた12平均律からは6セント低い。
この基準で、C-DurのIVの和音の第3音であるAは、12平均律より22セント低くなければならない。つまりA線解放は絶対に使ってはいけないし、管楽器もAでチューニングしたからといって安心していてはいけないのだ。ましてや、合奏中にピックアップを楽器に装着してチューナーで音程を確かめるなんていうのは全く意味がないことがこれでわかるであろう。22セントのずれとは、例えば5線より1本上のAだと10.91Hzのずれであり、1秒間に10.91サイクルのうなりを生ずる。かなり不快なずれだ。
弦楽器が完全5度(もしくは4度)調弦をし、かつその開放弦を基準にした純正調音階の各音程の12平均律からの乖離をFigure 1に示した。
実際のオーケストラではもっと複雑なことが起こっている。いくら純正調を中心にしていても、メロディーが上行のときは、音程は高め、下降のときは低めが美しい。しかも、7度の音(シ)が導音になるときなどは、かなり(10~30セント)高めに演奏するのが普通である。純正調のシが12セント低いのと比べると大幅に高い。つまり同じその調のシでも、Vの和音の中のシとメロディーでドに行く前のシでは全然違う音程だということ。もっと言うと、メロディーのシにハモるようにソが重なっていると、そのソも純正調のソよりは高めにならなければならない。
「Aはどこにでも転がっている」とはよく言ったものだ。つまり「チューナーに頼るな。最初のA=442のチューニングが多少違っていても大した問題ではない。それより、耳を使え」ということだ。音程は時と場合によってかなり違うものだということ。
ただし、これは私の経験上、弦楽器が完全5度チューニングをしているオーケストラでの話。弦楽器はむしろ平均律で調弦するものだというご指摘もいただいているが、私の経験不足のため、どちらが本当なのか、あるいはどちらが一般的なのか、まだ調べる、経験を積む必要があると思っています。
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