リーダーとは自分の人生を生きること
親としてのインタビューを受けてくださった方の一人から出てきた言葉で、私が最も的を得ていると思ったリーダーについての言葉が、
リーダーでないことは他人の人生を生きること
でした。このタイトルはその逆です。
子どものリーダーシップについてインタビューをしていて、初めはショックでした。多くの親御さんが「自分の子どもにはリーダーになってほしくない」とおっしゃるのです。そして共通する理由は、彼らが描くリーダーが部長や課長などの、上から指示する「苦労を伴う役職」だからです。
ピラミッドの頂点に立つリーダーはごく一部の人です。しかし彼らだけがリーダーではありません。
自分で選んで、決めて、行動する。そして時には人を巻き込み、実際に人がついてきてくれる。たった一人でも人がついてきてくれるのならリーダです。
私は誰もがリーダーになれると思っていますし、なるべきであるとも思っています。そして多くの人がそういう経験を持っているはずです。ふり返ってみてください。
小学校からの帰り道、三人の男の子が放課後の過ごし方を話し合っている。「今日どこで遊ぶ?」「あっちの山を探検しよう!」と合意し、実際に三人がワクワクしながらそこで遊ぶ。「山を探検しよう」と言った子は立派なリーダーです。
学校の掃除の時間、みんながサボっていても、一人で黙々と掃除をする人。やがてみんながその姿を見て、行動を共にする。
例を行動で示す人は、最もパワフルなリーダーです。「部長」などの権力が無くても人を巻き込める人も強力なリーダーです。
組織や社会の中の一人一人が、自分の得意・パッション・使命感に基づいて、時にリーダーになる、また別の時には他のリーダーのフォロワーになる。これは平等主義的リーダーシップとよばれ、階層的リーダーシップの対極にあります。
こういう平等主義的リーダーがもっともっと大人社会に必要です。そして子どもたちにも教えていかなければなりません。
私の30年来の仕事仲間のほぼ全員が、このような平等主義的リーダーです。彼らは生き生きとしています。
一方、常にフォロワーに徹している人も知っています。私には彼らが仕事にやりがいを感じていたり人生を楽しんでいるようには見えません。
リーダーでないことは他人の人生を生きること
言い得て妙と思いました。誰かに言われたことだけをやっている人生は不幸なことだと思いました。
リーダーとして自分の人生を生きる。
誰にもできるはずです。
階層的リーダーと平等主義的リーダーについては、以下を参照してください。オリジナルと日本語訳版です。
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