リハーサルをリードできるのが本物の指揮者
指揮者の最も大事な仕事はリハーサル(合奏練習)をリードすることだ。リハーサルは、リードするものであって、オーケストラを「指導」するのではない。ましてやオーケストラを自分の思いどおりに「演奏させる」ことでもない。
奏者との人間関係をベースに真摯に音楽作りをするのが、リハーサルで指揮者に求められることだ。詳しくは、前回のこちらの記事を参照いただきたい。
合奏練習を「リードする」とは、皆をゴールへ引っ張っていくこと。そのゴールとは、完成した音楽をお客さんに生で届ける瞬間だ。完成形が聞く人の心に響くようになるまで、限られた時間のなかでどう組み立てるのかがリハーサル・練習の戦略である。言ってみれば長いマラソンのストラテジーと同じだ。
完成形を示す
音楽の完成形を描いて見せるのが指揮者の大きな役割だ。その完成形は、皆が「そうでありたい」と思えても、そう簡単に実現できそうにないものであるほうが良い。
完成形とは、聞く人の立場での完成形だ。自己満足の完成ではない。練習のときでも、常にオーケストラが壁の向こうの観客席へ音を届けることを意識できていることが大前提だ。
描いてみせる方法はもちろん指揮の動作だ。それで伝わらなければ言葉で表現するしかない。メタファや感情を言葉で表し、音を出す人に頭で理解してもらい、心で共感してもらう。
これが指揮者の最も重要な役目。これができれば、指揮者の役目の9割は成し遂げたことになる。
奏者一人一人を信頼する。
信頼されていると、人は誰でもベストのパフォーマンスを発揮できるものだ。奏者一人一人のレベルに応じ、個々の性格にあわせて、要求の度合いを変える。指揮者が一人一人を信頼しているから、オーケストラは指揮者を信頼し、全力で応えようと一人一人がベストを尽くしてくれる。
一度一人の奏者から反感を買ってしまったり、しらけさせたり、やる気をなくさせたりしたら、その人が出す音が音楽を潰すガンになることがある。そのガンは場合によってはオーケストラの中に転移だってする。
音を出しているのは奏者であって指揮者ではないのだ。「人間誰にも気が合う合わないがある」などと安易に考えるなかれ。
感情を知性で表現しながら、分析的思考で冷静に聞く
指揮者は、心で音楽をリードし、頭で分析して問題を修正していかなければならない。
どういう感情表現をするかを具体的に指揮棒で示したり、言葉で説明するには知性が要る。そしてその感情表現に集中してリハーサルしているときこそ、冷静に音を聞き、自分の頭の中にある理想の音楽と比較し、分析的思考で問題の原因を見つけなければならない。しかも指揮棒は音楽の完成形の感情を表現しながらだ。
逆に、例えばアンサンブルがバラバラになとき、奏者が理解できるような明確な指揮をする必要が出てくる。こういうときには、明確なテンポを示しながらも、感情表現は音楽の完成形でなければならない。例えば左手や体全体で大きなフレーズや感情の流れを示しながら、右手でビートを分割して示すなどだ。
指揮者自身が音楽に没頭しすぎて奏者と一緒の興奮状態に陥り、客観的に音を聞きとれないようでは、リハーサルの意味がない。感情的知性で興奮状態を表現しながらも、分析的思考で冷静に音を聞き分けるのが指揮者の役割だ。
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