ひとつ残らず、ぜんぶ愛 /3
僕の彼女は僕のうちに来ると必ず
夜はベランダでビールを飲む。
つまみは目の前に浮かぶ月
僕より飲むけど、僕より弱い。
酔うと決まって、
「今日も月が綺麗だね。
ここから見る月が1番綺麗」
と彼女が言う。
曇りの日や雨の日
月のない日はうちにはこない。
うちじゃない場所なら会ってくれるのかというと
そういうわけでもない。
会えない理由を聞いても、彼女は
「なんとなく。」
としか答えない。
彼女と付き合い初めて2ヶ月ほど経った頃
大学の後輩で、同じマンションの別の階に住む
凪ちゃんにそのことを何気なく話したら
「え、なんですかそれ、ツキモクですか?
糸さんならありえますね」
と笑いながら言われたことがある。
「たしかに」
と声に出した後もしばらくは自分の中で
「たしかに」と繰り返す。
たしかに。
たしかになぁ。
たしかに?
うーんたしかに。
たしかに、、、、、
5回目くらいでやっと「ツキモク」という言葉を受け入れることができた。
(たしかに)月の見えない天気の日や、
月がない日は会ってくれないから、
彼女は、僕のことが好きというよりかは、
僕の部屋のベランダで月を見ながら
ビールを飲むのが好きなのだろう。
そもそも彼女は
大学で1番と言っていいほどの美人で、
大学から学費免除を受けるほど頭も良い。
僕とは釣り合わない。
そんなことは分かっていた「つもり」だった。
でも結局、彼女がうちに来て、
ビール片手に月を仰ぐ横顔を見ていると、
もうぜんぶがどうでも良くなる。
風が彼女の髪を優しく撫でる。
彼女に触れられるのが僕だけならいいのに。
なんて本気で思う。
「ねえ樹くん」
彼女が急にこちらを向いて僕を呼ぶ。
美人は3日で飽きるなんて
誰が言い出したんだろう。
僕は日に日に彼女に夢中になっていくし
彼女と見つめ合ったときの鼓動の速さは
出会ったときから変わらない。
「なに?」
「月が綺麗ですねって月のある夜しか言えない
からやだな」
「それは仕方ないよ。ないものは仕方ない。」
「うーん、じゃあさ、」
「うん」
「まるくてひかるもの、ぜーんぶ、
月ってことにしない?」
「んー、うん?」
「だからね」
彼女がベランダから見える信号を指差して
こう言った
「信号が青でも黄色でも、赤くなっても、
わたしは樹くんを愛してるってこと」
彼女は照れながらへへと笑って、
缶に残っていた分を一気に飲み干した。
(君の足が止まっても)