ひとつ残らず、ぜんぶ愛/7
上着を羽織って
スマホと財布だけをポッケに突っ込み家を出る
日曜日、しかも天気が良いのにも関わらず
近所の古本屋に行く途中にある公園には
人ひとりいなかった。
公園が寂しそうに思えて、
自販機で暖かいココアを買い
黄色いベンチに腰掛ける。
今日は何にしようかな
古本屋の外に置かれた棚の中で
文庫本が窮屈そうにしているところを
思い浮かべる
クリーム色の外壁には
1冊100円
と手書きで書かれた紙が貼られている
その中から1冊選び
その日のうちに読み切るのが
優の休日の過ごし方だった。
先週の候補だった本にしようか。
でも今はちょっと気分じゃないしな。
どうしよう。
今迷っても仕方がないし、
やっぱり今日も直感で選ぼう。
ココアを飲み切ってゴミ箱に捨てて
公園を後にする。
本を買ってまた戻ってくるから待っててね。
古本屋には珍しく先客がいた。
店内で店主と話している
背の高い男性の後ろ姿に見覚えがある気がした。
店主の元気な声が店の外まで聞こえる。
一定の間があるから
一方的に話しているのではないようだけれど
店主の声しか聞こえなかった。
店主の話し声が止んで
しばらくすると
後ろから大きな影に包まれた。
振り返ると彼だった
凪ちゃんの部屋で出会った
眼鏡をしたまま眠っていた彼だった
本読むんだ
こんにちは
こんにちは
やっぱり彼の挨拶は小学校の国語の授業だ
読みます。本
最近何か読んだ?
車輪の下
しっぶ
変な子だなあと彼が笑う
よく来るんですかここ
そうだねたまに。
目当てのものあるの?
うーん
この棚から選ぶってことは
決めてるんですけど
何にするかは迷ってます
ん-じゃあさ、
お互いに選んだ本を交換するのはどう?
彼が、こちらに視線を向ける。顔が近い。
体温が上がる。
頭の芯が熱くぼやけて、
それが飽和し
肌にも熱が伝わった。
彼とベランダで話したときと、
同じものを感じていた。
風が吹いて、
熱でゆるんだ肌を引き締める。
風に運ばれてきた桜の花びらは
優と同じように薄く色づいていた。