障害者雇用 日々つれづれ コーヒーマシン
フロアにはコーヒーマシンが置かれている。
このマシンは、一杯一杯丁寧にドリップしてくれるので淹れるたびに周囲には香ばしい香りが立ち込め、本人にも周りの人々にもほっこりとした時間をもたらしてくれる優れ者である。
私は勤務初日にコーヒーが無料でいくらでも飲めるということに感動し、以後ヘビーユーザーとなって幸せな日々を過ごしていたのだった。
そんなある日、定年後再雇用で働いているベテランおじいちゃんとコーヒーマシンの話になった。
おじいちゃんは、このコーヒーマシンは水道の蛇口に直接つながっているわけではなくてタンクに溜められた水を使っている、そうするといつ入れた水か分からないではないか、業者さんが掃除をしに来るのは月1回でタンクまで掃除しているわけではないのではないか、という恐怖話を持ち出してきたのである。
ニヤニヤしながら。
私はそう言われてみればそうかもしれない、と一瞬で青ざめた。
今まで幸福感に満ち溢れたコーヒーが、実はきれいではなかったのではないか!それは絶対にいやだ!と。
その日勤務終了後に一目散にショッピングモールに駆け込み、保温マグカップと1杯ずつのドリップコーヒーを大量に購入してひとまず安心したのだった。
翌日。
おじいちゃんは私がなんの心配もなく満足げにドリップコーヒーを淹れていると、なんとも申し訳なさそうな表情を浮かべてやってきた。
「コーヒーマシンの話、本気にさせてしまった?いやあ、すまない。私の思ったことだから、ほんとうにすまない」
いや、いいんです。ドリップコーヒーのほうがおいしいと思うし、変えてよかったです、と一生懸命伝えても引っ込まず、しばらく押し問答が続いたのだった。
落ち着いて考えると、水になにか異物が混入でもしていれば、これまで何人もの社員たちが救急車で運ばれ新聞沙汰になるほど大騒ぎになったはずである。
当然コーヒーマシンも即刻中止になっただろう。
しかし実際はこれまで大惨事なんぞ一回も起こらず、コーヒーマシン君は社員たちにただただ幸福をもたらす役割を堂々と担ってきたのだ。
そして別の部の社員さん達が毎日きれいにタンクを掃除しているとのことも後になって耳にした。
考えれば当然のことである。
おじいちゃんに完全に一本取られたことにようやく気づいたのだった。
私はマグカップとその後ネットで大量に注文したドリップコーヒーを手放すことはできず、なんの恐れもない恐怖話から半年以上経つ今でもコーヒーづくりにいそしんでいるのである。
だがしかし、これはこれで幸せである。
ーーーーー日々つれづれと続く