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サイボウズの決算書を見て、改めてすごいと思った理由

サイボウズは、パッケージソフト販売からクラウドベースのSaaSへとビジネスモデルを転換し、さらなる成長を遂げている会社として有名です。

1年以上前のものですが、その成果を象徴しているこちらのグラフは何度見ても衝撃的です。

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(サイボウズ株式会社「2019年事業説明会 配布資料」より抜粋)

そんな、日本版マイクロソフトのようなサイボウズについて、改めて決算書を中心に調べてみると、すごいなと感じた点がいくつかあったのでまとめます。


クラウド売上成長率は26%。2021年末のARRは約170億円、2022年末には200億円の大台突破か

まずざっと数字を見てみます。

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2020年12月期は、売上高156億円(前年比16.8%)に対して営業利益は22億円(営業利益率14%)でした。後述しますが、しっかりと利益を出しながら売上高を伸ばしています。

ちなみに、上場企業では「決算補足説明資料」のような名前で決算の振り返りをするのが一般的ですが、サイボウズは「株主会議2021」というものを開催し、その中の一部で直近の事業を振り返っています。

その理由が非常にユニークです。

「しかも、最近のサイボウズは何もおもしろくないのですよ。売上も、グラフで言うとだいたい延長線上になりますし、おそらく来年も同じことをしているだろうと思うと、全然おもしろくないのです。結局、事業は短期で切るとその数字を説明して終わりで、聞く方もおそらく「へぇ」くらいです。しかし、そうではなく、きちんとストーリーにしてほしいと思います。もっともっと先に見えている未来があるわけですから、その未来のために過去を語りながらこのようなかたちでご説明したほうが、株主にとってもよいのだと思います。」
(「株主会議2021_第2部書き起こし(日本語).pdf」より青野社長のコメントを抜粋)

「おもしろくない」ところにSaaSのビジネスモデルの凄さや面白さが詰まっている気がしますが、確かに投資家向けの説明は面白くないのかもしれません。


以下は、その「株主会議2021_第2部投影スライド」より抜粋したスライドです。

売上推移のグラフは相変わらずのインパクトがあります。

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導入社数が驚異的で、「kintone」は18,000社、「サイボウズOffice」は69,000社現在は7万社超)もあります。ARRトップのSansanが約8,000社なので、社数でいうと日本企業のクラウドサービスの中では一番多いんじゃないでしょうか?

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プロダクト別の売上推移を見ると、「サイボウズOffice」の売上高の推移が全体の売上高推移と似ていることから、クラウドの売上は「サイボウズOffice」が最も多いと思っていたのですが、実は金額では「kintone」が一番大きいようです。

そして、その「kintone」はなんと年間で37.5%成長しています。

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(サイボウズ株式会社「株主会議2021_第2部投影スライド」より抜粋)

「数としては「サイボウズ Office」が一番多いのですが、これは過去のバージョン1からパッケージで売ってきたお客さまをすべて足しています。クラウドの契約者数で言うと、「kintone」と「サイボウズ Office」が同じくらいであり、金額的には「kintone」が一番です。」
(「株主会議2021_第2部書き起こし(日本語).pdf」より青野社長のコメントを抜粋)


サイボウズは、毎月月次売上高と営業利益を開示しており、その中の「クラウド関連事業売上高」というものがあります。

恐らくそのほぼすべてがサブスクリプション売上高だと思われるため、これをもとに同社のサブスクリプション売上高を見ると、直近の月次売上高(2021年8月)は1,286百万円(前年同期比26.5%増)、年換算するとARR(Annual Recurring Revenue)は154億円になります。これは、Sansanに次いで日本で2番目に大きい金額です。

また、今年は平均的に前年同期比26%成長しているため、これをもとに2021年12月のARRを予想すると169億円にもなります。このままいくと多少成長が鈍化しても2022年12月にはARR200億円の大台に乗りそうです。


サイボウズはパッケージ製品の販売モデルからSaaSモデルに切り替えたにもかかわらず、パッケージ製品の売上がそこまで減らずに維持されています。

それもあって、全体の売上高成長率は17%程度にとどまっていますが、クラウド売上高に限ると前年比で26%成長しており、中でも「kintone」は前年比37.5%増と、同社のクラウド売上成長率を牽引しています。


ARRはトップクラスなのに成長率はちょうど中央値

projection-ai : db」によれば、国内の上場SaaS企業の売上成長率の中央値が26%であり、サイボウズのクラウド関連事業の売上成長率とほぼ同程度であることがわかります。

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(「projection-ai : db」2021年10月9日時点の売上成長率)

普通は、売上高が増えれば増えるほど成長率を維持するのが難しくなっていくわけなので、サイボウズの売上規模が日本のSaaS企業でトップクラスであることを踏まえると、クラウド売上の成長率は十分高いと言えるでしょう。
(なお、上のグラフのサイボウズは全社売上の前年比なので16%程度の成長になっています)

特に、サイボウズ社のクラウド売上で最も大きい「kintone」の成長率は37.5%あるので、非常に高い成長率であることがわかります。


参考までに、ARRがサイボウズに次いで3番目に大きいラクス社の成長スピードと比較してみます。

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これは、直近2年間の四半期売上高(クラウドのみ)推移をグラフにしたものです。

確かに、ARRを超えてもイケイケのラクスと比べてサイボウズの成長率は劣ってはいますが、個人的には意外とラクスと変わらないなという印象を持ちました。


サイボウズ単体の利益率はラクスにも匹敵

次に、利益率を見てみます。

サイボウズ(連結)の2020年12月期の売上高156億円に対して営業利益は22億円なので、営業利益率は14%でした。高い成長率を目指す多くのSaaS企業が赤字もしくは低い利益率の中で、しっかりと利益を出しています。

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また、単体でみると、153億円に対して営業利益は35億円(営業利益率は23%)あり、これはラクスの営業利益率(25%:連結)とさほど変わらない水準です。

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(サイボウズ株式会社有価証券報告書(2020年12月期)より抜粋)

↓ラクスの直近(2021年3月期)の営業利益率は25%

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(株式会社ラクス「2021年3月期決算説明資料」より抜粋)


ちなみに、サイボウズの連結と単体の営業利益の差(約12億円)は、主に「海外進出にかかる投資」からきています。海外市場はまだ開拓フェーズなので、10億円強の赤字があると思われ(連結と単体の差額から推測)、連結はその赤字を含んだ数字になっています。

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(サイボウズ株式会社有価証券報告書(2020年12月期)より抜粋)


海外市場は文化も異なるため、日本企業の文化に根差したグループウェアである「サイボウズOffice」を海外展開しようとした際は苦戦し、一度撤退していますが、「kintone」をもって再度海外進出に挑戦しています。(その辺りのお話が興味深かったので是非↓)

グループへの売上貢献自体はまだ大きくないですが、世界有数のリサーチ会社であるGartnerのレポートでもプロットされているように、海外マーケットにおいても一定の認知度があることがうかがえます。

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(出典:Gartner「Magic Quadrant for Enterprise Low-Code Application Platforms 2020」)


以上、サイボウズの決算書を見てすごいと思う理由を簡単にピックアップしてみました。

サイボウズがすごいと思う理由
❶ ARRは日本のSaaS企業でトップクラス(2022年末にはARR200億円か)
❷ クラウド売上の成長率が高い(特にkintoneが牽引)
❸ 利益率が高く、単体の利益率はラクス並み

そんなサイボウズですが、実はマーケットからの評価は必ずしも高くありません。むしろ結構厳しめの評価をされています。

以下では、マーケットからの評価とサイボウズのIRのスタンスについて感じたことを簡単にまとめます。


時価総額はラクスの1/6

SaaS企業の企業価値を比較するうえで一つの指標となっているPSR(時価総額÷売上高)を見ると、サイボウズのPSRはほかの会社と比べて低くなっています。

直近の状況はこちらが参考になりました↓​

売上高の近いラクスと比べると、直近の時価総額やPSR(≒EV/年換算売上高)でなんと「6倍」近くの開きがあることがわかります。


その理由は、「投資家が、サイボウズの今の成長率がいつまで続くかがわからない」からなのだと思います。

成長企業の企業価値は、その多くが「将来への期待」からきているので、現在の成長率や利益率、ARRの規模よりも、将来の成長率に対する見立て(印象含む)がマーケットの評価に非常に大きな影響を与えています。

不透明だったり見えないものはネガティブに評価されるのが常なので、サイボウズほどのARRと高い成長率、利益率をもってしても、投資家が将来の成長率を読めないと、必然的に算定される企業価値は大きくならないということです。

そして、投資家が数字が読めないのは、具体的には以下のような要因から来るのかなと思います。

① 海外市場はまだ読めない
② 競合する海外プレイヤーが強い
③ 国内の市場規模の伸びがそこまで強くない

① 海外市場はまだ読めない

まず、現状のバリュエーションでは海外市場については少なくともプラスでは評価されていなさそうです。そして、まだ導入社数も多くないことから、投資家目線では、海外市場での売上を将来の予測に含めることは難しいのだろうと思います。

②競合する海外プレイヤーが強い

グループウェアでは、日本市場でもマイクロソフトやGoogleが高いシェアを持っているように、競合する海外プレイヤーが超強力であることもあり、彼らを切り崩してシェアを獲得していくのはなかなか難しいでしょう。

③ 国内の市場規模の伸びがそこまで強くない

グループウェアの市場規模に関するレポートによれば、市場規模は今後向こう数年間は年率10%程度で伸びそうですが、例えばラクスの「楽楽明細」が属するクラウド帳票発行の市場規模はYoYで30~40%程度伸びているようなので、それらと比べると、成長は緩やかに見えるかもしれません。

(参考)グループウェアの市場規模に関するレポート
■2017年時点:2016年→2021年で71%成長
→その後コロナにより市場規模拡大が想定よりも加速

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株式会社富士キメラ総研『ソフトウェアビジネス新市場 2017年版』

■2019年時点:2019年→2024年で58%成長

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(株式会社ネオジャパン「2021年1月期決算説明資料」より抜粋)


サイボウズのIRの目的は「理想に共感」するファンを増やすこと

マーケットからの評価に関連して、もう一つ思ったことがあります。

それは、サイボウズのIRに関するスタンスが控え目に思えることです。

もし株価を上げたいならもっと「kintone」の成長率や海外市場をアピールしたり、SaaS企業特有のKPIを開示して投資家を惹きつけることもできそうです。

また、多くの会社が四半期の決算発表に合わせて補足説明資料という名のプレゼン資料を開示していますが、サイボウズは基本的に必要最低限の短信や四半期報告書以外は、月次業績速報(売上高、営業利益)しか開示していません。

青野社長の言葉を借りると、数字については「おもしろくいので」、毎月の売上と営業利益さえ出していれば十分なのでしょう。

それよりももっと長期のストーリーが大事だと。


サイボウズは、過去にM&Aで失敗した経験があることもあり、他のSaaS企業のように、M&Aが成長戦略の軸ではなく、あくまで自分たちの実現したい思想が根付いたプロダクトを、世界中に広げていくことを目指しています。

「9社買収して8社売却するという迷走期がありました。やはり私自身はグループウェアしかできない人間だということを理解し、もう一度グループウェアに絞っていったのが、その後の10年間くらいです。」
(「株主会議2021_第2部書き起こし(日本語).pdf」より青野社長のコメントを抜粋)

そして、海外進出も、日本事業の利益を投資する形で展開しているため、資金調達のニーズはそこまで高くなく、積極的に市場に売り込む必要はないのかもしれません。


一方、IRのスタンスについては、資金需要という現実的な話のほかに、サイボウズのCultureの1つである「理想への共感」という言葉に答えがあるように思います。

一般的に、IRの目的は、フェアバリューに株価を近づけることや、ボラティリティをさげることと言われています。特に、B2Bの会社では株主が会社の売上に直接貢献してくれるわけでもないので、よりロングで保有してくれる優良な機関投資家に目が行きがちです。

ただ、サイボウズのIRの目的は、以下のコメントにも表れているように、理想に共感するファンを増やしていくことなんだろうと思います。

「サイボウズもそろそろこのあたり(=2万5,000人ほどいる株主※筆者追記)を巻き込んで、株主の方々も一緒のチームになっていきたいと思います。しかし、ここで何が起きるかというと、サイボウズの社員数はグローバルすべて含めて所詮1,000人なのですが、株主を巻き込んだ瞬間、いきなりプラス2万5,000人になるのです。これを使わない手はありません。」
「場合によっては、ファンで口コミを広げてくれる仲間が2万5,000に広がるわけですので、彼らときちんと向き合い、対話をしながら進めていきたいと考えました。」
(「株主会議2021_第2部書き起こし(日本語).pdf」より青野社長のコメントを抜粋)

ファン株主という言葉や概念自体は別に新しくはないですが、プロダクトにもカルチャーにも一貫してあらわれている信念がここにも表れている気がして、なんともサイボウズらしい。


正直、サイボウズってなんで株価低いんだろう?という安易な理由で調べ始めたのですが、一通り決算書や色々な記事を読むうちに、サイボウズのすごさを感じるとともに、サイボウズのこだわりや一貫した想いに惹き込まれ、今後の国内外でのチャレンジを応援したくなりました。

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