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SaaS企業に年次の予算管理はそぐわないと思う理由

今回はSaaSと予算管理に関しての記事です(この記事内でのSaaSは、ソフトウェアをサブスクリプションで提供している企業を想定しています)。

予算管理は、伝統的なマネジメントシステムの一つです。予算は、管理会計分野において昔から様々なメリットデメリットが指摘されてきました。
予算は悪だと批判されることもしばしばですが、今日も使われ方の違いはあれ、ほぼすべての会社で残っていることを考えると、有用な経営管理手法の一つであることは間違いありません。

一方、USに上場しているような超巨大SaaS企業などは別として、一般的な日本のSaaS企業に年次の予算管理を当てはめようとすると、少し違和感があるというか、ビジネスモデルの性質上そぐわないのではと思います。


理由1:年間の数字に与える影響がQ1とQ4で全然違うため

1つ目の理由は、売上高が積み上げ型の場合、Q1とQ4では通期の数字に与える影響が異なるという点です。

例えば、以下のように毎四半期積み上げるような予算を組んでいたとします。毎四半期に純額で売上高を25ずつ積み上げ、Q4では売上高が200まで伸び、通期で650の予算です。

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ここで、Q1が予算に未達(10しか積み上げれられなかった)の場合、Q2以降が順調に積み上げることができた場合でも、Q1で未達(△15)だった影響が、通期では△15×4=△60になります。

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一方で、Q3までは予算通り積み上げられ、Q4で予算に未達(10しか積み上げれられなかった)の場合、Q4で未達(△15)だった影響は、通期でも△15(△15×1)のままです。

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このように、同じ期間内の未達でもそのタイミングによって期間損益に与える影響がまるで異なります。上振れの場合でも当然同様です。

つまり、年間の予算(期間損益)の達成という観点では、重要性がQ1→Q2→Q3→Q4の順に下がっていくということになります。


理由2:その時に状況をより反映しているのは直前四半期であるため

年間の予算(期間損益)の達成という観点では、重要性がQ1→Q2→Q3→Q4の順に下がっていく一方で、SaaSのようなビジネスでは、直近の数値の方が重要性が高い場合が多いという点が2つ目の理由です。直近の売上高が翌期以降の売上高のベースになり、また、直近の状況や傾向の方が1年前のそれよりも翌期以降の売上高に影響してくるためです。現に上場しているSaaS企業のいくつかは、直近のMRR(月のストック売上高)やそれに基づいたARRを重要な指標として開示しています。

例えば、先ほどの例で、仮にQ1がなんかしらの特殊要因等で予算を大きく上回った(予算よりも25積み上げられた)一方で、Q2以降は予算での想定を毎回下回った(15ずつしか積み上げれられなかった)とします。

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この場合、通期の予算は達成していますが、Q2からQ4は未達なので、必ずしも会社の経営成績として良いとは言えません。むしろ、予算で想定していたQ4の売上高(200)を下回っている時点で、会社の状態は想定を下回っています。

ここに、「予算の達成状況」と「実態」とにギャップが生まれる余地があります

これが上場企業の場合、四半期毎に決算内容を開示する必要があるため、1Qで予算と乖離した場合は、1年中その影響を説明しないといけないことにもなり得ます。本当は”今”のMRRやKPIの方が重要なのに。。

■予算管理と業績予想
ちなみに、上場企業が出している業績予想と年次の予算管理は目的が異なります。予算管理はマネジメントシステムで、会社の経営管理手法の一つですが、業績予想は主にIR目的で、投資家に対してARRを伝える手段としての意味合いが強いです。なので、現に上場しているSaaS企業の多くは、翌年の業績予想を出しています(マネーフォワード、ユーザベース、カオナビ等はレンジで、Chatworkは売上の増加率のみ示しています。)

年次予算で、未達分を残りの期間で取り返すような努力をするといった気合いが良い方向に作用する場合があることなどは理解できますが、実態と予実の達成状況に乖離が生じる可能性がある点で、社内外でミスリードだったり意思決定を誤りうるため、やはり年次の予算管理は、SaaS企業の経営管理として、そぐわないのではないかと思います。


では、SaaS企業にはどういった予算管理が合うのでしょうか?

会社の規模にもよりますが、個人的には「向こう1年の大きな方向性」×「ローリングの予算(rolling budget)」かなと思います。

ローリング予算を一言でいうと、一定の予算期間が経過するごとに、新しい予算期間を追加し、予算自体を継続的にアップデートするというものです。
伝統的な予算管理のデメリットとして、「予算はすぐ陳腐化する」という話があり、脱予算経営や予算に変わる経営管理手法は一昔前から様々な事例や研究がなされています。ローリング予算も、その延長でしばしば紹介されます。

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ローリング予算は、不確実性や意思決定への有用性で、「どれくらいの頻度で、向こうどれくらいの期間の予算を立てるか」を検討すべきですが、個人的には、四半期(3ヵ月)ごとに向こう半年の予算を立てるくらいが程よいのではと思います。

会社の規模にもよりますが、会社の行動が財務数字に表れるのには大体3ヵ月くらいはかかります。一方、翌月には成果が見えない場合でも、半年だと意思決定が遅れる場合があります。もちろん、SaaS企業は手前のKPIがあると思うので、細かな意思決定はもっと短い頻度で実施すると思いますが、あくまで全社レベルの財務数値に関しては、3か月くらいが程よいかなと思います。

ただ、3ヵ月スパンのローリング予算管理だけだとどうしても短期的な施策に目が行きがちになります。中長期的な方向性や戦略が大事なのは言うまでもなく、数値的な観点でも「1年後のMRR●●」、「3年後のARR●●」のような中長期目線の目標をもつこと自体は重要です。

従い、例えば「年に1回(通常の年次予算を組むタイミングに)向こう1年の方向性や戦略を決める。一方で、経営管理目的の財務数値は3ヵ月ごとに向こう半年の予算を立て、継続的にアップデートする」ことで、SaaSのような積み上げ型のビジネスモデルにも合う経営管理ができるのかなと思います。

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