自分の感覚を信じるな。ミルヒライスの思い出
2008年8月、大学教授であった妻のドイツ留学に伴って(ちなみにこの妻とは離婚している。人生いろいろだ。)当時、私は放送作家の仕事のすべてのレギュラーを降板して、専業主夫としてドイツへ渡り、子育てに専念することにした。背景にはいろいろ諸事情あったが腹を括って渡独をした。これは椅子取りゲームの芸能界、テレビ界ではある種の賭けだ。日本に戻ってもゼロからのスタートになる。その後、レギュラーがつかめるかなど、未知数であるが、子育てを優先し、ドイツでの専業主夫という未知なるチャレンジに挑んだ。もちろん、海外での生活が後にどこかで役に立つのでは?という思いや、人とは違う道を進むことでのフロンティアな何かがあるのでは?という思いもあった。参考になる人がいないからこそのやりがいも見出していた。
成田から、フランクフルト、そこからかつては酸性雨が降り、シュバルツバルト(黒い森)近くで環境先進都市であるフライブルクへ最初の3カ月は住むことになった。この時、2週間ほど、フライブルクの駅前でサンドイッチやらパンを買って過ごしていた。しかし、2週間も経つと、早くもその味に飽きて日本米が食べたくなる事態に陥った。よく、テニスの選手とか海外遠征で梅干しを持参する、なんて話を耳にしていたが、本当に一瞬で日本食が恋しくなるものだと痛感させられた。とはいえ、こちらはハネムーンのように1週間も我慢すれば、日本に戻るわけではない。まだ、1年半以上はドイツにいなくていけない。そう新生活は始まったばかりで早くもイライラが募る日々になった。
フライブルクの町にはアジアショップはあったもの、置いてある米といえば長粒種やらジャスミンライスのようなものばかり。日本米は販売していなかった。そんな中、スーパーで見つけたのがミルヒライスだった。ドイツの人の間ではどうも、デザートのためのものであるが、見た目形を見ると、非常に、日本米に近かったのだ。
私たちは、「これは、、、イケるんじゃないか!!」と淡い期待を抱き、鍋を使ってコトコトと、ミルヒライスを炊いてみた。そして、その味を確かめてみると、「うまいじゃないか!!!これでドイツでも暮らせる!!」と本気で思った。ミルヒライスこそ、我々の救世主だ!!といたく感動したのだ。
その後、生活にも慣れ、インターネット通販でスペイン産の日本米が買えることが分かり、そこから購入する術も身に付けた。
しかし、ある日、事件が起きた。スペイン産の日本米が切れたのだ。ネットで注文しても届くには随分時間が掛かりそうだった。
「いやいや、大丈夫だ。私たちにはミルヒライスがある!!」あれを買えばいい。そう思い、再び、ミルヒライスを炊いた。しかし、、、一口食べた瞬間に過ったのは「なんじゃ、この不味いものは!!!」という率直な感想であった。
この時、私は考えに考えた。自分に疑いを持った。なぜ、自分は渡独直後に美味しいと感じていたのか?その答えは2週間、パンを食い続けていたことによるコメへの渇望、というものが見えてきた。それがいつかしかスペイン産の日本米を食べることに慣れ、いつしか感覚が変わっていたのだ。この事実は人生を揺るがす大発見であった。いかに自分の感覚など適当で信じるに値しないものだということを思い知らされた。
わずか数か月前まで美味しいと思ってたものをマズイと言っている。これは紛れもない事実なのだ。
これは後に東北大震災で風呂に数日入れなかった人々は自衛隊の作った風呂で涙を流す姿を見ても、同じ思いがした。そのお湯には泥もたくさん、混じっているが人々は確かに感動していると。つまり、結局、人が感動するとか、美味しいというのは相対的な感覚に過ぎないのではないのか?だとしたら、いかに目線を下げて、当たり前のことなど何一つないという思考こそが上手に生きるコツじゃないかと気づいた。
屋根のある部屋で寝れたらまし。戦争の無い時代に生まれたらまし、日本に生まれたらまし、今日、日本語で会話をすることが出来たらまし。果てしなき欲望を追い求めても幸せに一生なれない、と知らされる出来事であった。日々の感謝を失うと痛い目に遭うとある種の悟りを得た。まあ、絶対的なことなどないし、突き詰める必要もないかもしれないが、ミルヒライスを見ると、自分の感覚すら信じるな!目線を下げるのだと思い出す。
さて、Planet of Foodの最新作は「食と恋愛の本音SP」の第3弾、男性の胃袋をつかむ勝負メシ特集です。合間にはイタリア人のMichelleさんから、正しいパスタ、ピザのの食べ方をレクチャー。今更ながらに知ることが満載です。ぜひご覧あれ。そしてそっとチャンネル登録をお願いします。
追記:5月7日の最新作は「忘れられない旅メシSP」です。私も顔出し出演をしています。ドイツのフリードリヒス浴場を紹介。コースで温泉を巡るという他に類を見ない施設です。かつ混浴という嬉しい浴場です。ぜひ、動画を見てください。
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