栗の先生は、土の先生でもありました
遠州・和栗プロジェクト事務局の藤川です。
◯伊藤先生とは
岐阜県は栗生産量が約685 tで全国4位の大きな産地である。利平、金華等、県オリジナル品種も開発されており、研究にも積極的な地域だ。そんな栗栽培が盛んな岐阜県恵那市にて、伊藤先生にお会いした。伊藤先生は、一般社団法人栗のなりわい総合研究社の代表理事。塚本実氏による栗の超低樹高栽培法を基本に、より多収穫で美味しく無農薬で作業時間が短縮できる栽培法を自ら考案。 栗栽培に加え、栗栽培に取り組む産地で栽培理論の講習や実習により栽培指導を展開される生産者。
◯草生栽培の園地
栗の樹を見せてもらえるとのことで、園地へ向かった。道中にはやはり栗園地が広がり、植栽間隔が広く、圃場管理が行き届いる様子が確認される。改めて栗産地に来たことを認識した。先生の園地に着き、衝撃を受ける。雑草が背高く生い茂っているのだ。今までの感覚ではあるが、果樹栽培ではありえない光景であった。草生栽培と言っても度が過ぎている。これでは、害虫の住処になり、病気の発生源にもなりうる。養分も競合し、樹が育たないかもしれない。それだけではなく、周辺の園地に迷惑がかかる。隣接した園地は刈取作業を徹底しているのか非常に綺麗な園地であった。いったいどうなっているのか。
◯栗の実の付け方
園を進みながら気付く。新梢は弱っておらず、むしろ生き生きとしているようにも感じる。着果も確認できるが、それにしても多い。通常、結果母枝の先端3芽程度にしか結果枝を作らないと聞くが、下の芽数段にまで着いている。栗は生理落下も多いためこの段階で判断できるかは分からないが、静岡県内園地と比較すると多く感じる。
◯低樹高栽培
ここまで雑草に気を囚われ、ほぼスルーしていたが樹々は背が低く、超低樹高栽培を体感できる。園内では屈みながら進む必要があるほどだ。先生によると、1.0 m~1.5 mの樹高であり、かなり低い。静岡県内の良く知る園地では樹高3 m以上だが数値以上の差を感じた。
◯無農薬栽培
少々暑い中ではあるが、木陰に腰掛け、話を伺った。園の状況、先生の経験、歴史、栽培等、丁寧に教えて頂いた。やはりまず第1に雑草のことが印象的であった。先生の言葉を一言で表現するのであれば、絶妙なバランスとでも言うのだろうか。決して管理をしていない訳ではない。数種類の草を入れ、樹の養分の供給源としているのだ。根に着生する菌類の力も借り、栗が育っているそうだ。そのため、この園では肥料を施用する量も倍以上であり、まさに植物の力で栽培している。無論、除草剤等は散布しない。また、草たちは園の状況を知る指標になっている。再生速度、虫の発生程度、葉色の程度等で判断し、管理作業を調整して行くらしい。草生栽培の話は聞いていたものの、基本的に雑草は邪魔なモノという印象が強いため、むしろ頼りにしている先生の考え方には衝撃を受けた。
◯環境づくりが大切
さて、地下部への供給はイメージできたとして、地上部は食害・病害を受けるのではと思うところであるが、被害はごく僅かだそうだ。一部が被害を受けると、周辺の樹々は抵抗の準備をすると先生は言う。地下部の根、菌やそれらが持つ物質により成り立ち、園地全体のバランスを取っている。1つでもバランスが崩れると園は崩壊するようである。多くの人は真似できないのではないかと思いつつ、いったい何処でこの園内の仕組みを、作りかたを習得したのか、どれほどの試行錯誤が必要だったのか、非常に気になるところだ。そこで出てきた言葉が「土づくり」である。
◯土作りとは
近年、肥料等の農業資材の高騰により、堆肥活用による長期的な土壌改良、土壌分析の徹底による無駄の排除等、土づくりへの関心は高まっているように感じる。先生は基礎から学んでほしいと語る。果樹を含めた生活の基盤となる土、これを整えているか否かでこの先数年、数十年の成功と失敗を分ける。いかに植物にストレスを与えない環境を作るか、土壌の菌類を豊富にするかが重要であり、一度できてしまうと崩れない限り、植物側が強くなり、園全体で成熟するそうだ。この園では若木の成長が早く、先生の感覚としても約2倍近くのスピードで大きくなっていると言う。果樹だけでなく、土づくりを徹底した野菜畑でも生育がかなり良好だそうだ。土づくりが植物を栽培する、数年、数十年の基盤となることを改めて認識した。今後の生育に影響を与える土、徹底して学ぶ必要がありそうだ。
◯収穫方法
環境のことが多くなってしまったが、もちろん栗についても多くを語ってもらった。その中でも収穫のベストタイミングについての話は非常に興味深いものであった。我々が食している栗はいわゆる種子(部分的には子葉)の部分であり、モモ等の果樹とは勝手が違う。イガごと木から落ち、地面に落ちるころには十分に成熟しているのでは、と思っていた。しかし、これが違った。ベストタイミングは、イガは木に残り、栗の収穫部そのものが地面に落ちる時だったのだ。栗は座の部分に養分が流れ込む経路があり、生育過程ではその経路を頼りにしている。十分な養分が行き渡ると、栗は座の部分ごと離脱する。このタイミングでイガが開いていると、栗の収穫部そのものが地面に落ちるという訳だ。反対にイガごと落ちてくるのモノは栗に十分な養分が流れ切っておらず、未熟であるものが多いそうだ。生態に基づいた理論に納得せざるを得なかった。また面白いことを知ることができ、栗に対する関心は強くなる一方だ。
◯複合作物としての栗
他にも栗栽培や環境についての話を聞き、園地巡回を楽しんだ。別れ際、先生からクルミの菓子を頂いた。どうやらクルミも栽培し、加工までしているようだ。その時、「栗だけではどうしても安定しないから」と言葉を漏らしていた。決してネガティブなニュアンスではなく、栗の生態を理解した上で、経済的な補完策を講じているのだ。栗は台風等の環境による悪影響に弱く、また数量も安定しにくい作物であると聞いていたが、この言葉で確信に変わった。静岡県で進めるのであれば複合作物としての栗、というイメージはあったが、それがより鮮明となった。
◯最後に
環境というものは同じものが存在しない、樹も同じものは存在しない、そのため確実なマニュアル化は不可能である。実際に、先生と同じ剪定法で栽培している隣接園では、収量が上がらないらしい。土を含め、環境の作り方に違いがあるからだろう。しかし、基礎理論を構築すれば、より良い土、より良い園、より良い栗をつくる一助になるであろう。伊藤先生レベルとは言わずとも、栗生産に良い影響を与えるのは間違いない。学ぶ事の重要性を再認識できる貴重な機会であった。
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