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嘘つきは地獄に落ちちゃうというけれど。

だいぶ過ぎちゃいましたけど。

エイプリルフールといえば、
どの本だったかは失念しましたが伊丹十三のエッセイで
おもしろかったエイプリルフールの嘘として
「今年は例年にない日照り続きのため、スパゲティの木の実りが十分でなく
 収穫量が見込めない。スパゲティ農家の表情は暗い」
というニュースの話があったのですが、
調べてみたところ、「今年はスパゲティ大豊作!」という
BBCのエイプリルフールニュースはあったようです。

不作の方のバリエーションがあったのか?
あるいは伊丹十三さんのエイプリルフールだったのか??

でもとにかくBBCはBBCらしいし、
伊丹十三さんは伊丹十三さんらしいし、この感じ、どちらもかなり秀逸。

エイプリルフールはともかくとして、嘘つきは舌を抜かれるとか地獄に落ちるとか

子どものころいろいろ脅されたような覚えがあります。

人間は亡くなったら閻魔さまの裁判を受けて、
いいことをしていたら浄土とか極楽に行けるけど、
悪いことをしてたら地獄に落ちる。

地獄の恐ろしさを描いた絵を見せ、絵解きをして話聞かせて
文字を読むのがあんまり得意でない人たちにも
悪いことをしないでおこうと思わせるようにしたという
地獄絵や六道絵というのがあるお寺も多いです。

閻魔さまは焔魔天という天部の神さまのお一人。
息災、安産、除病、延寿のために行う供養法もあります。

いろんなお経に事細かに地獄の様相が書かれていますし
地獄がどういう組織なのかについても伝えられていますが、
かなり多くの部分が道教や陰陽道と習合して中国で追加され、
浄土思想とともに広まったと考えられています。

釜で煮られたり、針の山で貫かれたり、血の池で溺れさせられたりするのは
いやだなあとは思いますけど、向こうの世界には肉体がないのに
痛がったり辛がってるのは一体何なのかという疑問が実はあります。

肉体の記憶があって、その苦しさが死後も続くと思い、
地獄ではその思い違いが正されることなく痛みを感じ続ける
とも考えられますし、
肉体はないけれども罪業を清算するために
痛みは残っているのかもしれません。

ある時、心理療法の一つの手法であるファミリーコンステレーションを
使ったグループセッションに参加したことがあります。

これはちょっと変わった手法で、
自分の問題を取り上げてもらう人が、その問題に関わる人たちの
代理人をそのグループの中から選び、代理人たちがどのような動きをして
どのような感覚を感じるか観察することで、
システム的にその問題を可視化して問題の解決を模索するというもの。

その時わたしはすでに亡くなっている誰かの代理人だったのですが、
下を向いてうずくまってじっと地面を見つめたまま動けなくなりました。

ファシリテーターに「何しているんですか」と聞かれてこう答えました。
「ここしか見ることができず、全く動くことができません。
 他のことも何も考えられません。ただ、とにかくここは地獄です」と。

ひどく辛くもなく、ひどく苦しいわけではない。
ただ、ずっと同じところに縫いとめられたように固定して
同じことしか考えられない。
考えている内容の具体的な内容ははっきりしませんが、
それが自責であることはわかりました。

時間のない世界で終わりなく自責し続ける、というのが最悪の地獄。
そのことに妙に深い納得があったのを覚えています。

死んだ後に抱えたままの思い込みを変えるのは、かなり難しそうです。
生きているうちに、痛みも自責も後悔も、
軽くしておいたほうがよさそうです。

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