古事記6:禊と三貴子の誕生

ここに、伊邪那岐命いざなぎのみこと、詔《の》りたまひて曰《の》りたまふ。
「吾《わ》は穢《けが》れたる国《くに》に至《いた》りて、穢《けが》れを受《う》けたり。ゆえに禊《みそぎ》せむ。」
こう言《い》ひて、竺紫日向つくしひむかの橘《たちばな》の小門《おど》の阿波岐原あわぎはらに至《いた》り、禊祓《みそぎはら》へたまふ。


伊邪那岐命いざなぎのみことは言いました。
「私は黄泉《よみ》の穢《けが》れた国に足を踏み入れ、穢れを受けてしまった。だから身を清めなければならない。」
こうして竺紫日向つくしひむかたちばなの小門《おど》にある阿波岐原あわぎはらへ向かい、禊《みそぎ》を行うことにしました。

ここに、伊邪那岐命いざなぎのみこと、身《み》に着《つ》けたるものを投《な》げ捨《す》てたまふ。
まず、御杖《みつえ》を投《な》げ捨《す》てたる所《ところ》に成《な》りたる神《かみ》の名は、衝立船戸神つきたつふなとのかみ
次に、御帯《みおび》を投《な》げ捨《す》てたる所《ところ》に成《な》りたる神《かみ》の名は、道之長乳齒神みちのながちばのかみ
次に、御袋《みふくろ》を投《な》げ捨《す》てたる所《ところ》に成《な》りたる神《かみ》の名は、時量師神ときはかしのかみ


伊邪那岐命いざなぎのみことは禊《みそぎ》の最中、自身の持ち物を次々と投げ捨てました。
まず、杖《つえ》を投げると衝立船戸神つきたつふなとのかみが生まれ、
次に帯《おび》を投げると道之長乳齒神みちのながちばのかみ
さらに袋《ふくろ》を投げると時量師神ときはかしのかみが生まれました。

次に、御衣《みころも》を投《な》げ捨《す》てたる所《ところ》に成《な》りたる神《かみ》の名は、和豆良比能宇斯能神わづらひのうしのかみ
次に、御褌《みふんどし》を投《な》げ捨《す》てたる所《ところ》に成《な》りたる神《かみ》の名は、道俣神みちまたのかみ
次に、御冠《みかんむり》を投《な》げ捨《す》てたる所《ところ》に成《な》りたる神《かみ》の名は、飽咋之宇斯能神あくくひのうしのかみ


衣服や冠を投げ捨てるたびに、神々が誕生しました。
衣からは和豆良比能宇斯能神わづらひのうしのかみ、褌《ふんどし》からは道俣神みちまたのかみ、そして冠《かんむり》からは飽咋之宇斯能神あくくひのうしのかみが生まれました。

次に、左《ひだり》の御手《みて》に巻《ま》きたる御手纒《みたまき》を投《な》げ捨《す》てたる所《ところ》に成《な》りたる神《かみ》の名は、奥疎神おきさかるのかみ
次に、奥津那藝佐毘古神おきつなぎさびこのかみ
次に、奥津甲斐辨羅神おきつかいべらのかみ



左手に巻かれていた布を投げ捨てると、奥疎神おきさかるのかみ奥津那藝佐毘古神おきつなぎさびこのかみ奥津甲斐辨羅神おきつかいべらのかみが生まれました。

右《みぎ》の御手《みて》に巻《ま》きたる御手纒《みたまき》を投《な》げ捨《す》てたる所《ところ》に成《な》りたる神《かみ》の名は、邊疎神へさかるのかみ
次に、邊津那藝佐毘古神へつなぎさびこのかみ
次に、邊津甲斐辨羅神へつかいべらのかみ

右手に巻かれていた布からは、邊疎神へさかるのかみ邊津那藝佐毘古神へつなぎさびこのかみ邊津甲斐辨羅神へつかいべらのかみが誕生しました。

ここに、伊邪那岐命いざなぎのみこと、身《み》を川《かわ》の中《なか》に入りて禊《みそぎ》たまふ。
まず、川の上流《かみ》にて身《み》を滌《すす》ぎたまふ時、八十禍津日神やそまがつひのかみ、次に大禍津日神おおまがつひのかみ成《な》りたまふ。
次に、これらの禍神《まがつかみ》を直《なお》し清《きよ》むるために、神直毘神かむなおびのかみ、次に大直毘神おおなおびのかみ、次に伊豆能賣神いずのめのかみが生まれたまふ。


伊邪那岐命いざなぎのみことが川に入って体を清めるとき、
最初に流れた汚れから八十禍津日神やそまがつひのかみ大禍津日神おおまがつひのかみという禍々しい神が生まれました。
続いて、それらを鎮めるための神々として神直毘神かむなおびのかみ大直毘神おおなおびのかみ伊豆能賣神いずのめのかみが誕生しました。

次に、川《かわ》の底《そこ》にて身《み》を滌《すす》ぎたまふ時、成《な》りたる神《かみ》の名は、底津綿上津見神そこつわたのうえつみのかみ。次に、底筒之男命そこつつのおのみこと
次に、川《かわ》の中流《なか》にて身《み》を滌《すす》ぎたまふ時、成《な》りたる神《かみ》の名は、中津綿上津見神なかつわたのうえつみのかみ。次に、中筒之男命なかつつのおのみこと
次に、川《かわ》の上流《かみ》にて身《み》を滌《すす》ぎたまふ時、成《な》りたる神《かみ》の名は、上津綿上津見神うえつわたのうえつみのかみ。次に、上筒之男命うえつつのおのみこと


伊邪那岐命いざなぎのみことが川の底で身をすすぐと、底津綿上津見神そこつわたのうえつみのかみ底筒之男命そこつつのおのみことが生まれました。
川の中流では、中津綿上津見神なかつわたのうえつみのかみ中筒之男命なかつつのおのみことが、川の上流では、上津綿上津見神うえつわたのうえつみのかみ上筒之男命うえつつのおのみことが誕生しました。

これら三柱の綿上津見神《わたつみのかみ》は、海を司る阿曇《あずみ》氏の祖神《おやがみ》とされる神々です。また、三柱の筒之男命《つつのおのみこと》は住吉《すみのえ》の三神《さんじん》として信仰《しんこう》されます。


次に、左目《ひだりめ》を滌《すす》ぎたまふ時、成《な》りたる神《かみ》の名は、天照大御神あまてらすおおみかみ
次に、右目《みぎめ》を滌《すす》ぎたまふ時、成《な》りたる神《かみ》の名は、月読命つくよみのみこと
次に、御鼻《みはな》を滌《すす》ぎたまふ時、成《な》りたる神《かみ》の名は、建速須佐之男命たけはやすさのおのみこと


最後に、伊邪那岐命いざなぎのみことが左目を洗うと天照大御神あまてらすおおみかみが、
右目を洗うと月読命つくよみのみことが、
鼻を洗うと建速須佐之男命たけはやすさのおのみことが生まれました。

ここに、伊邪那岐命いざなぎのみこと、大いに喜《よろこ》びたまひて詔《の》りたまふ。
「吾《わ》は子《こ》を生《う》みつつありて、ついに三貴子《さんきし》を得《え》たり。」
すなはち、御頸珠《みくびだま》の玉緒《たまのお》を取《と》りて、
天照大御神あまてらすおおみかみに賜《たま》ひ、詔《の》りたまひて曰《の》りたまふ。
「汝命《なみこと》は、高天原《たかまのはら》を知《し》らしめすべし。」


伊邪那岐命いざなぎのみことは大いに喜び、
「私は多くの子を生んだが、このたび三貴子《さんきし》という素晴らしい子たちを得た。」と告げました。
そして首飾りの御頸珠《みくびだま》を天照大御神あまてらすおおみかみに授け、
「あなたは高天原《たかまのはら》を統治しなさい」と命じました。


次に、月読命つくよみのみことに詔《の》りたまひて曰《い》ひたまふ。
「汝命《なみこと》は、夜之食國《よるのおすくに》を知《し》らしめすべし。」
また、建速須佐之男命たけはやすさのおのみことに詔《の》りたまひて曰《の》りたまふ。
「汝命《なみこと》は、海原《うなばら》を知《し》らしめすべし。」


次に、月読命つくよみのみことには夜の国を、
建速須佐之男命たけはやすさのおのみことには海を治めるよう命じました。


ここに、三貴子さんきしそれぞれに統治すべき領域が与えられ、
伊邪那岐命いざなぎのみことは禊祓《みそぎはらえ》を終《お》えたまふ。


こうして、三柱の貴い子供たちにそれぞれの役割を与え、伊邪那岐命いざなぎのみことの禊祓《みそぎはらえ》は無事に終わりました。


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