(小説)砂岡 2-1「アイスクリーム」
すべての鉄道が止まり、高速道路も封鎖されたので、春木がチエ・ムプリから家に帰ったのは翌日月曜日の早朝になった。
ママに叱られることはなかった。ママはパパのことで頭がいっぱいになってしまっていたから。昨日の時点で、ママはわたしの安否をすぐに確認できていた。それは不幸中の幸いだったかもしれない。主要なSNSが使えなくなった。パパの安否はまだわからなかった。わたしも心配だったが、待っていてもしょうがない。登校することにした。
水曜日の放課後になった。授業はもう再開しているが、相変わらず森川くんと中井海央さんは来ない。森川くんは生徒会には顔を出しているらしいから、単にわたしに会わせる顔がないだけかもしれないけど。
夕日にしてはまだ早い時間なのに、空が紅い。
あんなに遠くまで見えていた広大な岩砂漠も、トイレでさえもよく見えない。すべて霞んで、紅くそまっている。クーラーに使用制限がかかっているため、教室の温度はどんどん上がってゆく。ママのことが心配だ。帰ろう。
砂岡国、そしてその首都マーブル市はわたしがチエに行った日から、イルガと臨戦体制だ。市内に設置された様々な災害インフラが稼動し、ひとびとがなるべく日常生活を営めるようにしている。そのひとつが市内に縦横無尽に張り巡らされた地下鉄である。このおかげで、ひとびとは嵐の中でも通勤通学ができる。まぁそのせいで、休校という発想は皆無に近いのだが。実際、今回、月曜日の午前が休校だったのは別の理由によるものだ。
自治宣言・・・。って、わけわかんない。
「ただいま〜。」
「あら、早かったわね。」とママ。
駅からはずっと地下道だ。新しい家はみんな地下と繋がっていて、直接屋外に出る用事といったら、砂掻きくらいだろう。それをする家庭も最近は減ってきている。マーブル市が掻いてくれるし、砂に埋もれても持ちこたえるくらいの補修工事の費用は出してくれる。裕福な家庭であればね。雀の丘の砂嵐の風上側にあたる第7区は建設計画当初から最高レベルの砂嵐対策を盛り込んでいるから砂かきも補修工事も無用だ。
「体育館とか生徒棟とかみんな混んじゃってて、普段図書室に行かない人とかも図書室で騒いでるし。」
「ママのことが心配で帰ってきてくれたんでしょ。ありがとう。大丈夫よ、さっきパパの乗ってる船の場所が確認できてるんだし。」
一昨日と昨日とで、パパが帰ってきたときに食べるはずだったわたしたちの食材は食べきってしまった。
大食漢のパパがいれば、日曜日にすべて平らげるはずの…
「パパ、痩せるかもしれないね。」
「まさか!むしろ太るわよ。船内には大量にアイスクリーム備蓄されているもの。」
そうだった。うちの冷凍庫にある大量のアイスクリームはパパが船内備蓄品の入れ替えのときにもったいないと言って、いつももってくるものだ。誰がこんな冷凍庫一杯の大量のアイスクリームを食べるのかと言ったら、妹とパパくらいなものだ。
「そろそろ、お迎えにいこうか!」
と、ママが突然切り出す。
「えっ!?」
「さっき連絡があったの。入港許可が出たって!入雅ポートよ。入港したら追って連絡してくれるらしいから、入雅に向かっていれば途中で擦れ違うでしょう。パパが途中で寄り道をしなければね!」
と、上機嫌なママ。
「寄り道って。いいけど、ママ、仕事は?」
「この嵐のせいで、期限が延びたの。今日、入稿だから、ついでに届けちゃおう!ってわけよ。」
「入港だけに?」
「入稿よ。」
このメンタリティである。わたしが心配するまでもない。これが高梨家のママだ。ママのママであるところのわたしの祖母はまだご健在(現64歳)なのだが、これがまたプレイボーイの「現役」バニーガールであり、そしてフェミニスト活動家であるというのは、また別のストーリーが必要になるだろう。