基礎と応用と現場の狭間で。


最近、気づいたこと。心理学の研究者には、大きく分けて3種類ある。基礎心理学に興味がある研究者、応用心理学に興味がある研究者、そして、その両方に興味がある研究者だ。

基礎心理学に興味のある研究者は、この世がどうなっているかに興味を持っている。おそらく誰もが小学生の時に考えたことがあるだろう、「人間はどうやって誕生したんだろう。」とか「宇宙はどのように生まれたのだろう。」とかそういった類のものである。心理学に沿って言えば、「人間の心って何?」だろう。そういった研究者のモチベーションは、何かを発明したい。何かを解明したい。といった類のものである。

一方、応用心理学に興味のある研究者は、「社会に貢献したい」や「人を助けたい。」といった動機が働いているようである。よって、「うつ病の人を治したい。」や「スポーツ選手がパフォーマンス向上するためには?」といった、より現実を反映したモチベーションを持っているようである。

そして最後に、基礎心理学と応用心理学の両方に興味がある研究者。彼らは、基礎心理学で発見されたことを、応用心理学で応用して現場に落とし込むまで、そして最終的に直接的に社会貢献するところまで、基礎心理学から現実までの流れを重視しているようである。僕はこれに当てはまる。現在は基礎心理学に所属しながら、スポーツ心理学にも興味がある。

僕が研究者の違いに気づいたのは、僕自身が基礎心理学と応用心理学に所属していたからだ。学部時代は、心理学部に所属していて、所謂「人間の心とは何だろう?」を解明するための学部に所属していた。一方、大学院では、体育学部に所属し、スポーツ心理学を研究していた。そういう研究者は、「スポーツ選手のパフォーマンスを向上させるためにはどうすればいいのだろう?」「スポーツ選手のメンタルヘルスはどう維持できるのだろう?」といったことに興味がある。「人間の心とは?」について、じっくり考えることはそうない。そして現在は心理学部に戻ってきて、基礎心理学を主としながらその研究で分かったことをスポーツに応用している。

その中で、2つの科学の違いは、基礎心理学は理論、モデルを発見し、応用心理学は基礎心理学で発見されたことを使って、自分の興味のあるターゲットに応用してみる、ということだ。だから、基礎心理学の中で応用心理学であるスポーツに特化した心理学の理論はほとんどない。つまり、応用心理学であるスポーツ心理学がしていることは、基礎心理学が発明された理論、モデルをスポーツ選手に応用することで、スポーツ選手のパフォーマンス向上、もしくはメンタルヘルスを考えるということである。逆に言えば、だから応用科学なのだとも言えるのかもしれない。そういった意味で、基礎心理学は間接的に、応用心理学は直接的に社会とつながっていると言えるかもしれない。

もう一つの特徴は、研究自体の違いだ。応用心理学はより直接的に世界がわかるが、ツッコミどころの多い研究になる一方で、基礎心理学では、多くの環境をコントロールできるが、現実世界でその結果が本当に起こっているかは別の話であるという点だ。応用心理学はツッコミどころが多くありながら、現場でデータを取るしかない。応用心理学は現場に興味があるため、現場でデータを取ることが大半である。よって、データを取る際、環境をコントロールすることができない。だから、データの解釈として多くの可能性が考えられてしまう。ただ、そういった研究がなければ、現実世界を理解することはできない。一方で、基礎心理学は、できるだけコントロールされた環境でデータを取るため、因果関係を特定しやすいし、綺麗なデータも取りやすい。ただ、多くのファクターをコントロールしているため、得られた結果が現実世界で本当に起こっているかまではわからない。

そして、現場に近づけば近づくほど、じっくり考える時間はなくなる。なぜなら、現実はとても早く変わっていくからだ。その最たる例がコロナウィルスであろう。コロナウウィルスは現実世界で瞬く間に広まってしまうため、じっくりとコロナウィルスについて考える時間はない。それと同じでスポーツ心理学においては、目の前の選手の要求にすぐに応える必要があるため、目の前の選手のパフォーマンス向上を迅速に行う必要があるため、深く「人の心」について考える時間はあまりない。例えば、オリンピック選手がメンタル面を強化したいとして、2年かかる研究プロジェクトを始めたら、そのオリンピック選手の4年のうち、2年はまたなければいけないことになる。もちろん、それでは遅すぎるため、基礎心理学はじっくり本質を突き詰める。応用心理学は速く、現場のニーズに応えるという特徴があるということも言えそうである。

そこら辺の違いが整理されたため、僕の論文の読み方、書籍の読み方も変わった。基礎心理学に関する論文は、研究アイディアを参考にする、もしくは、得られた結果をどう研究者が解釈したかに目を向ける。よって、そのポイントをメモして終わり。一方、基礎心理学の書籍は、著者の論理を追っていく必要があるため、じっくり、パラグラフごとにどういうロジックでチャプターが構成されているかを考えつつ読む。一方、スポーツ心理学の論文は、上記に示した通り、速く。そういった意味で、最近は、「基礎心理学で作られた理論、モデルをスポーツに当てはめてみた。」型の論文は読まなくなった。ほとんどスポーツ心理学で使われる理論やモデルは知っているし、その理論をスポーツに当てはめた時の結果の予想はつくからだ。これが競馬だったらおそらく、今頃プリウスが買えていたかもしれない。だから、スポーツ心理学の本や論文を読むときは、より現場で必要になる「現場でこんなことやってみた」型の論文を読んで、インプットして、いわゆるハウツーの引き出しをしこたま増やしている。要は、「この理論を現場に落とし込むためにこんなアクティビティをしてみた」型の論文である。

また、研究者の方と議論する時、この研究者の種類による違いを意識しながら議論することで、より議論を楽しめることが最近分かった。例えば、応用心理学の研究者のモチベーションを考慮すると、「でもそれって、これが原因かもしれないし、これが原因かもしれないよ。」という質問はあまりしてはいけない。なぜなら、それを分かっているだけれども(もしくはそう考えたことがないか。)、そうやってでしか、応用心理学は成り立ちづらい学問だからである。だから、そういう質問をされたら、「そんなこと言われたら、もう研究できないよ。」となる。一方、基礎心理学の研究者の方に「それって、何の役に立つの?」という質問はあまりしない方が良い。なぜなら、彼らにとっての興味は、人の心理の解明であって、直接的な社会貢献ではないからだ。こういった違いを意識しながら議論をすることで、自分自身も時間を無駄にすることなく、議論を楽しむことができる。

そんな僕は、基礎心理学、応用心理学、現場の全てがそれぞれ重要だし、もっと言えば、それが全てつながって初めて意味があると感じているタチなので、プライベートを削り、毎日3部練の日々を過ごしているわけだ。そうでもしていないと、わざわざ留学している意味もないしね。

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