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源泉かけ流しの宿、至福の瞬間
源泉かけ流しの温泉宿にハマって、かれこれ十数年。
もともとは妻の趣味に付き合うカタチで始めた温泉宿巡りである。彼女は独身のころ、青春十八きっぷで全国を巡り、時に野湯に入るため野営も辞さないビバーク系温泉トラベラーだったようだ。そんな彼女が結婚後も温泉ライフを継続するため、カタギである私が好きな「和食と晩酌」をエサに源泉かけ流しの宿への旅行に連れ出した。※とある温泉愛好家の間では、温泉に全く興味を持たない人を「カタギ」と呼んでいるそうだ。
日本秘湯を守る会
まず、最初に連れ出されたのが「日本秘湯を守る会」の宿である。
1975年に設立された、温泉の良さを守り続けることを目的とした温泉旅館の集まりで、源泉かけ流しであることはもちろんのこと、湯舟の大きさと湧出量のバランス(=新鮮なお湯の入替わり程度)などの一定の条件を満たした宿が加盟している。(現在は全国に138のお宿がある)
今思うと、最初に「日本秘湯を守る会」の宿に行ったことが、私の沼の入り口であった。
スタンプ帳に誘われて
守る会には「スタンプ帳」がある。
加盟のお宿に1泊するとスタンプを1つ押してもらえる。スタンプが10個貯まると、宿泊した宿の中からどこでも一泊無料で宿泊できるという大盤振る舞いの特典だ。このお得さに魅力を感じるとともに、各宿それぞれの趣きがあるスタンプが帳面に並んでいく様に嬉しさを感じ、守る会のお宿へ通うようになっていった。ここから次第に「源泉かけ流し宿」の魅力にハマっていくことになる。
超早寝、超早起
宿に泊まると、だいたいは夕食前にお風呂に入って、18時頃に夕食、晩酌が始まり、19時半頃に終える。お酒に酔って部屋に戻ると、布団が敷いてあったりするので、ちょっと横になるつもりが20時頃には眠りに落ちてしまい、ハッと目を覚ますと午前1時とか2時。なんにもすることがないのでお風呂に入りにいく。そこに至福の瞬間があった。
神々しい光景と背徳感
風呂場には誰もおらず静まりかえり、洗い場の床はすっかり乾いていて、しばらく誰もお風呂に入っていないことがわかる。湯舟はまんたんのお湯が表面張力で膨らみながら、とある縁からお湯がこんこんと流れ出している。私にとってそれはそれは神々しい光景であり、それをこれから私は汚すことになるという背徳感を感じずにはいられない。
至福の瞬間
かかり湯をしたのち、ゆっくり湯舟にカラダを沈めていく。お尻が湯底についたあたりで、アッーと漏れ出る声とともに、じゃばばばーん!と勢いよくお湯が湯舟の外へ、乾いた洗い場の床を濡らして溢れ流れていくのだ。地底奥深くから湧き出てきたお湯が、私のためだけに務めを果たし、また地底へ帰っていく。あー、なんと贅沢なんだろう。これはやめられない。
スタンプ帳を超えて
至福の瞬間を求め、私は源泉かけ流しの宿を積極的に巡るようになる。結果的に守る会のスタンプ帳は2冊ほど更新したが、次第にスタンプ帳に縛られることなく、全国のかけ流し宿を探し、訪れるようになっていった。いろんなお宿を訪れるにつれて、時折出会う小さなお宿の鄙び感の愛おしさ、お湯そのものの泉質、温度の好みなんかも生まれてきたが、私にとっての最大の魅力はやはり至福の瞬間である。
チャンスは1日3回
経験を重ねる中で、至福チャンスは3回あることを学ぶ。
①チェックイン後すぐ
お宿によって異なるが、風呂場の掃除、お湯の入替えはだいたいがチェックアウト後で、清掃後に一からお湯を貯めてその日のお客さんを待つことになる。よって、誰よりも先にチェックインし、部屋に入って即お風呂へ向かえば、風呂場とお湯が全く汚れていないパーフェクトな状態で至福の瞬間をゲットできる。
②深夜2時ころ
先述のとおりであるが、多くのお客さんは夕食後、部屋で談笑したりテレビを見ながら飲みなおし、ひとっぷろ浴びて22~23時ころに就寝されていているようで、この時間は皆さんが寝静まって時間がたっているので、お風呂にしばらく人が入っていないことが多い時間帯である。
③早朝5時ころ
とはいえ、皆さん22~23時ころに寝るので早起きだ。5時半ころには他の部屋からガサガサと人の気配を感じ始める。その方たちが動きだす前のラストチャンスの時間帯。午前2時に入ったあと、2時間以上経っているので、至福の状態も復活している。
勝負は時の運
この3回の至福チャンスを狙って、私は旅の移動スケジュール、宿での過ごし方を調整している。ただし、お宿によっては、深夜・早朝は風呂場を閉めているところもあるので、チェックイン後の一番風呂が最重要であることはお伝えしておく。また、こういったお宿にくるお客さんは、当然ながらお湯を楽しみに来られているわけで、私と同じ瞬間を狙っている人に遭遇することもある。私が至福の瞬間を満喫しているところに人が入ってくると、少々申し訳ない気持ちを感じながらも内心にんまりしてしまう。逆に、風呂場に行ったところで、入り口に他のお客さんのスリッパが先にあったりすると、がっかりしてしまい、しぶしぶ入っていくか、部屋へ引き返えしてしまうこともある。
準備は怠らず
お宿では、浴衣をおいてくれていることが多いが、私は持参のスウェット、夏場はTシャツ短パンで過ごさせてもらっている。スウェットやTシャツは、起床後に身だしなみを整える必要がなく、すぐに風呂場へ急行できて、着脱が容易であることから、至福の瞬間を獲得するためのフットワークを上げてくれる。これらの宿着は一袋にまとめ、旅行カバンの一番上にセットしている。チェックイン後、宿と部屋の案内をしていただいた後、すぐに宿着袋をもって最大の至福チャンスが待つ風呂場へ駆け出すためだ。
ちなみに、浴衣を着ないと宿の風情を損ねたり、ほかのお客さんに失礼な印象を与えるような高級旅館ではちゃんと浴衣を着用するが、そういうお宿にはめったに行かない、というか行けない。
散財の果てに
こうやって、カタギだった私は至福の瞬間を求めて「源泉かけ流しのお宿」という沼にハマっていき、いまも抜け出せないでいる。この記事を書くにあたって、これまで宿泊したお宿を思い出しながら数えていくと、北海道から鹿児島まで、おおよそ100宿程度だった。交通費を含めると相当な散財をしてきている。せめて、きちんと写真や宿泊情報を記録して、それらをまとめていれば、ちょっとした思い出財産になったのに、、、とnoteを始めた今、後悔している。
最後に
どのようなお宿に泊まっているの?と興味をもっていただいた方がいるかもしれないので、私が気に入っているお宿をすこし紹介。
お宿を探す際のポイントは
・部屋数が少ない(お客さんが少ない)、できれば10数室程度迄がよい
・日帰り入浴客が多い有名温泉街を避け、ポツンと一軒宿がよい
・予算は当然おさえたい(1万円後半迄/1名、2万円超は避けたい)
というところ。
必ずしもこれらの条件すべてに合わないところもあるが、山間部のお宿が私の好みにあっているようで、以下のお宿がお気に入りの一例だ。
・大雪高原山荘(北海道)
・ランプの宿 青荷温泉(青森県)
・須川温泉栗駒山荘(秋田県)
・駒の湯山荘(新潟県)
・ランプの宿 高峰温泉(長野県)
・寒の地獄旅館(大分県)
・霧島湯之谷山荘(鹿児島)
先述のとおり、各お宿の写真や宿泊情報を残しておらず、お宿の名前だけで恐縮だが、どんなお宿か興味を持っていただいた方は、各自ググっていただければ幸いだ。
これからもお気に入りのお宿をリピートしつつ、新しいお宿を探し続けていこうと思う。その際は、きちんと写真や情報を残し、機会があればnoteに記していきたい。