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インド映画『バーフバリ 前・後編』

語りたくなる映画の話。オススメ映画レビュー。

インド映画『バーフバリ 前・後編』。インドでは、歴代ダントツ大ヒット映画ということで。

あらすじ。完全無欠の快男児・バーフバリが、暴君をぶったおす話。ほんとそれ。

一晩のヒンドゥー神話の夢を、1.5倍速で見せられた感じ。目覚めたらなんかようわからんけどスゲー夢見た気がするな、みたいな。

出来事による人の心の動きがはっきりしていて。話がめちゃめちゃわかりやすい。でインド映画らしく、歌って踊って、どんどん場面を転換させてゆく。展開が早いのでダレることは無い。男の子いる一家が観るのにオススメ。

でもなんだろうこの変な感じ。冒頭から、違和感はあった。

少年バーフバリが、デカい滝を何度も昇る。一瞬にしてにおっさんに成長する。その間、何度転げ落ちたところで、カスリ傷ひとつ負わない。なるほど。ずっとこのテンションでいく話なんだな。そして暴君が登場したと同時に、結末は倒してめでたしめでたしの話なんだな、と。早々にわかる。

話を観てくと。いやいや…となるツッコミ所が、些細なところから大掛かりなとこまでいっぱいあるんだが。映画内で叫ばれる、「バーフバリ!」の連呼、合唱でうやむやにされる。

室内でも髪が風になびくよ。だってバーフバリだから。

弓矢はいくら射ても減りません。だってバーフバリだもの。

暴牛にだって立ちライディングできるぜ。だってバーフバリだし。

「バーフバリ」という絶対的キャラによる圧倒的腕力で、こちらの論理はすべてなぎ倒される。

偶然、木に雷が落ちて敵をなぎ倒すし、ちょうどいいところに決壊させるためのダムもある。

これフツーなら、現実味の無い描写や出来事を見せられて、興覚めするはずのとこなんだが。

繰り返される、あらゆるご都合主義がもう。すでにこっちは「バーフバリ!」の合言葉で受け容れられる、イヤラしいカラダになっちゃってるんすよ。

この映画を「ベンハー」や「ロードオブザリング」や「マッドマックス」と同じ見方してたら、イライラしてしょーがないと思う。笑

だからそんな論理は早々に手放してしまった。

細部は焦点にならない。CGが荒くても問題ナシ。ここでは伏線なんて小賢しい。肝要なのは「なんじゃそりゃ!」を受け入れられるかどうかだ。

クライマックスのあたり、城内へどう攻め入るかというシーン。バーフバリの策がトンデモすぎておれは笑っちゃったよ。

普通なら企画会議で「バカバカしい」と一蹴されるようなアイデアなはず。が、「バーフバリだから」という圧でアリにされ、活きてしまう。小学生男子の絵空事が、画面上に実現されてくのを観てるようだった。

この映画はそこが肝。良くも悪くも洗練された西洋映画では見れない「無茶」がボンボン出てくる。

その数。一つなら粗。無数なら潮流。数が多すぎて「あり得ないでしょ」と斬れない。それはバーフバリの剛腕によって、れっきとした一本の川の流れになり。次々浴びせられる暴論を受け入れることが、だんだん心地よくなってくる。

小雨だとうっとうしいのに、どーしよーもない土砂降りだと傘たたんで気持ち良くなっちゃう、みたいな。

「バーフバリ!」の嵐にひれ伏す。崇める快感。この映画はこれです。

インド映画ってほぼ観たことないけど、さすが0を発見するような人たちはわけわからんことしてくるな。と感嘆した次第で。

しかし。この力技は一回しか使えないでしょうし。今後のインド映画がどんなん作るのか、見モノですね。

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