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寝ながら痩せる方法

寝ながら痩せる方法

 年々、痩せるのが難しくなってきている。
 二十代のころは、ちょっと食事を控えればすぐに体重が落ちたのに、三十代も半ばを過ぎると、そんな小細工ではびくともしない。気付けば、体重計に乗る前に深呼吸をするようになった。深呼吸しても変わるわけではないのに。
 いや、変わるのか? もし、深呼吸の分、酸素が体内を巡ってカロリーを燃やしていたら? いやいや、そんなうまい話は──。

 そんなふうに、体重計の上で逡巡していたある日、「寝ながら痩せる方法」というワードを見つけた。いやいや、そんなうまい話は……と即座に否定するのが大人の嗜みだ。しかし、同時に思う。「もし本当に寝ている間に痩せられたら、革命では?」
 革命という言葉を使ってしまった時点で、俺はもうその情報に取り憑かれている。

 「寝ている間に、代謝を上げて脂肪を燃焼させる」
 そのフレーズを見た瞬間、思い出したのは学生時代の文化祭の準備だった。前日、友人たちと夜遅くまで作業して、「寝て起きたら、勝手に装飾が完成していたらいいのに」とぼやいたことがある。
 それと同じだ。つまり、俺が寝ている間に、俺の肉体が勝手にいい感じになっていく。何も努力しなくても、朝起きたら「おお、昨日よりスリムになってる!」と鏡の前でニヤつける──。
 これこそ人類が求めていた進化ではないか。

 そういうわけで、「寝ながら痩せる方法」について調べることにした。
 どうやら、ポイントは「睡眠の質を上げること」にあるらしい。
 深い睡眠に入ることで成長ホルモンが分泌され、脂肪が燃焼しやすくなるという理屈だ。なるほど、俺が夜更かしをしていた頃より、ちゃんと寝るようになった最近のほうが、ちょっと体調がいいのはそのせいかもしれない。

 さらに掘り下げていくと、「寝る前にストレッチをするといい」「寝室の温度を適切に保つ」「スマホを寝る前に見ない」などのアドバイスが並んでいる。
 ストレッチはいいとして、寝室の温度は……まあ、エアコンのリモコンを押せば済む話だ。だが、「スマホを寝る前に見ない」というのはなかなかの難問である。

 スマホを手放せと言われると、途端に指が震える。
 ベッドに入ってから、SNSをスクロールし、「みんな、俺が寝る前に何をしているのか」を知ることに全神経を集中させる時間がなくなるのは辛い。
 いや、そもそも「みんな」って誰なのか。誰も俺の寝る前の動向なんか気にしていないし、俺も大して興味がないはずなのに。

 けれど、ここで「寝る前スマホ断ち」ができれば、俺は「寝ながら痩せる革命」に一歩近づくことができる。
 意を決して、スマホをベッドの外に置くことにした。枕元ではなく、ベッドの外に。寝転がった状態では決して手が届かない位置へ。
 寝る前のルーティンを崩されて、不安になった。いつもならSNSでフォロワーのどうでもいい投稿を眺めながら、何の感情もなく「いいね」を押し、ニュース記事を開いては閉じ、結局大して何も得ていないのに満足して寝るのに。
 その行動が奪われたことで、俺の脳は異常を察知し、余計に目が冴える。

 ──このままじゃ、逆に寝られないのでは?

 焦る。しかし、ここで負けたら「寝ながら痩せる方法」を試す前に挫折してしまうことになる。俺は無駄に深呼吸をし、目を閉じ、必死に羊を数えた。

 気付けば朝だった。
 スマホが遠くにあるので、目覚ましを止めるために立ち上がるしかない。今までならスマホを枕元に置き、二度寝三度寝を繰り返していたが、それができないのだ。
 結果的に、いつもより早く起き、すっきりとした気分になった。
 「これは、いけるかもしれない」
 そう思ったのも束の間、すぐに気付く。

 ──寝ながら痩せる、って、結局「寝る前の行動をちゃんとする」ことが大事なんじゃないか?

 そう、結局のところ、寝る前の過ごし方がすべてを決めるのだ。
 「寝ながら痩せる」という響きはとても魅力的だったが、その実態は「寝る前にストレッチをして、スマホを見ず、睡眠環境を整えて、しっかり寝る」ことでしかない。
 つまり、痩せるためにはそれなりに努力がいるのだ。
 「寝ながら痩せる」と聞くと、まるで何もせずに痩せられるような気がするけど、そうじゃない。世の中には、楽をして得られるものなんて、そうそうないのだ。

 いや、待てよ。
 俺は今「楽をして得られるものなんてない」と言ったが、よく考えたら「ぐっすり寝るだけで痩せられる」なら、十分楽なのでは?

 早寝早起き、スマホ断ち、軽いストレッチ。
 どれも、そこまで辛いものではない。食事制限よりははるかにマシだし、ジムで汗をかくよりハードルは低い。
 「寝ながら痩せる方法」──それは、「健康的な生活をすること」だったのだ。

 そう気付いたとき、俺は一つの決意をする。
 「今日も早く寝よう」

 結局のところ、痩せることよりも、朝すっきり目覚めることのほうが大事なのかもしれない。
 それができるだけで、なんだか人生が少しだけうまくいっているような気がするのだから。

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