「物語」は、人類を他の動物たちと決定的に分ける鍵である。我々ホモ・サピエンスが、チンパンジーやアリ以上に広範で柔軟な協力を可能にしたのは、物語の存在があったからだ。
チンパンジーやネアンデルタール人が20人から150人程度の群れで生活していた一方で、ホモ・サピエンスは数百万、時に数十億という規模で協力する力を手に入れた。その秘密は、他者との直接的な絆ではなく、物語を介した間接的なつながりにある。
フィクションがもたらした革命
約7万年前、ホモ・サピエンスの脳と言語能力に進化が起こり、人間は「物語」を創造し、共有できるようになった。これにより、直接の知り合いではない他者とも協力する基盤ができた。
物語の威力は絶大だ。同じ物語を信じるだけで、1.4億人のカトリック教徒が「家族」として結ばれ、8億人がグローバル経済のネットワークで結びついている。
スターリンとブランド化の真実
物語の力は、製品だけでなく個人にも及ぶ。ソビエト連邦を象徴する「スターリン」は、単なる個人ではなく、新聞や肖像画を通じて創られた神話だった。
これは現代の「ブランド化」に通じる。SNSでフォロワーを数億人持つインフルエンサーも、多くの場合、プロが作り上げた「物語」に過ぎない。
宗教と歴史の中の物語
物語は宗教や文化の基盤でもある。たとえば、イエス・キリストという人物は、2千年にわたる物語によって再構築され、もはや実像を取り戻すことはできない。
キリスト教の物語は、個々の信者を「家族」として結びつけ、信頼のネットワークを構築した。
主観と客観、その間にある「物語」
物語は、現実の新たな層を創造する。「主観」と「客観」の間に「間主観的現実」という次元を生み出したのだ。
例えば、ビットコインや通貨の価値は、物語によって形成される。「ある物に価値がある」と信じる人数が増えれば増えるほど、その価値は高まるのだ。
物語の未来
物語の力を正しく理解することは、人類の未来を形作る鍵である。物語がなければ、我々のネットワークは小規模で終わり、文明もここまで発展しなかっただろう。しかし、その力を誤用すれば、現実とかけ離れた幻想に支配される危険性もある。物語は、人類最大の武器であり、最大の弱点でもあるのだ。