第1363回「学びの一日」

先日は午前中、出版社の企画で、とある企業の社長と対談をさせてもらっていました。

対談といってもこちらが聞き手になってお話をうかがいました。

私よりもかなり年配の方であり、ご自身で起業され、今は相談役となっておられる方であります。

その方のお話を聞いて、感動することがたくさんありました。

二十六期連続の黒字経営というのですから、素晴らしいものです。

社長は、人をトコトン大切にするということを大事にしているそうで、まずは社員とその家族を大事にしているというのです。

その次に、取引先とその家族、その次が顧客、そして四番目に地域社会、そして五番目が株主だというのです。

どうしてそのように社員を大事にするのですかとうかがうと、社長というのはひとりではできない、社員がいないと何もできないので、社員を大事にするというのです。

社長は利益を先に考えるのは邪道であり、利益は結果としてあがってくるものだと仰っていました。

顧客第一というのはよく耳にしますが、顧客よりもまずは社員というところが素晴らしいと思いました。

今は後継者に委ねて相談役になっていらっしゃるのですが、後継者を選ぶときにも血縁では選ばれなかったそうなのです。

それはうまくゆかないことが多いからだというのです。

自分の考えをよく理解してくれる人に託したそうなのです。

後任の社長も対談に同席してくださり、挨拶する機会をいただきました。

鎌倉にも近いところにある会社で、こんな素晴らしい会社があるのだと感動したのでした。

午後からは揺腕法というのを修行僧たちと共に習いました。

これは今年『揺腕法』という本をみつけて読んで興味をもったものです。

表紙が、イスに坐って腕を振っている絵だったのに興味を覚えたのです。

オビには「腕を振るだけ!シンプルな運動で、身体のOS(基本システム)が変わる」と書いています。

本を買ってみたのですが、なかなか自分でやってみてもよく分からないのでした。

そこである時に藤田一照さんに聞いてみると、この揺腕法の創始者をよく知っているというのです。

いつもながら一照さんの人脈の広さには驚かされます。

そこで話をするうちに、この揺腕法という本の著者である、小用茂夫先生にお越しいただいたのでした。

はじめに八月に一度小用先生に円覚寺にお越しいただいて、直に揺腕法をご教示してもらったのでした。

その時に私もはじめて小用先生にお目にかかることができました。

そしてこの『揺腕法』の本の編集を担当された下村敦夫さんにもお越しいただいたのでした。

一回目もかなりの時間を教わることができました。

ただその頃は、お盆の行事などもあって修行僧たちも全員ではありませんでした。

もう少し皆で学びたいと思って、今回は下村さんにご指導をいただいたのでした。

下村さんは、日貿出版社におつとめになっていらっしゃいます。

小関勲さんのヒモトレの本や、西園美彌さんの魔女トレの本も編集をなさった方なのです。

ご自身も身体のことについてはとても精しいのでいろいろと学ぶことができました。

はじめは腕を振るというので、スワイショウと似たものかと思っていましたが、これがまた違うものなのです。

スワイショウにもいろいろありますが、脱力して行うものが多いように感じます。

揺腕法では、内圧を保ったまま行いますので脱力ではないのです。

小用先生は、お若い頃からいろんな武術を習われて来られた方です。

自分なりに一生懸命おやりになったそうなのですが、あるところまできたところで、「果たして自分は武術を学ぶに足る前提が備わっているのか?」という根本的な疑問にぶつかったそうなのです。

そしてこんなことが『揺腕法』の本に書かれていました。

「武術を家に例えてみましょう。

家を建てるには、まずしっかりした土地や基礎といった土台が必要です。

どんなに外観を豪華にしてハイテク技術を駆使しても、そもそもの土台が傾いていては、快適に暮らすことはできません。

同じように武術も、どれほどその流儀の形や技術が優れていても、それを学ぶ側に前提となる身体が備わっていなければ駄目なのではないか?ということです。」

というのです。

これは、私のように坐禅に取り組んでいる者にも当てはまることです

坐禅というのは素晴らしい形をしています。

究極の姿だと思います。

ただ今の私たちには、これをそのまま実践できるだけの土台が出来ていないのです。

そこで無理にその形だけをまねようとするので、疲れてしまいますし、単なる苦行になってしまうのです。

その土台をどう作ったらいいのか、私が日々研究しているところなのです。

特に若い修行僧たちには、苦行ではない坐禅を体験してほしいと思っているのです。

小用先生が大事に説かれているのが、身体の基準性というものです。

それはどんなものかというと、

1 垂直性 地面に対して真っ直ぐ立っているか・座っているか
2 水平性 肩や腰などが地面と水平であるか
なのです。

『揺腕法』には

「地球上に住む生き物はどこにいようとも、鉛直方向、つまり垂直方向に働く重力の影響を受けています。

なかでも二足歩行をする我々人間は、最も垂直性と水平性に敏感な動物といえます。」

と書かれています。

この垂直性と水平性を正しく保ったのが坐禅の姿勢です。

垂直だけを意識して背筋をまっすぐにしようとしても、その土台は水平性にあるので、水平性がしっかりできていないと垂直性も無理なのです。

私は揺腕法を自分で実習してみて、この水平性をよく意識できるようになりました。

これは坐禅にいいと感じたものですから、修行僧たちと共に教わったのでした。

下村さんは予定の三時間を大幅に超えて四時間近くかけて丁寧に教えてくださいました。

とくに二人や三人で揺腕をおこなっていると、自分で腕を振っている感覚が消えてゆくのです。

自我、はからいがなくなっていく感覚があります。

これはまた坐禅の深いところに通じるものです。

自我を離れるにはいろんな方法があると思います。

そのひとつとしてもとてもいいものだと感じました。

午前中に企業の社長に学び、午後は揺腕を学んで、学びの一日でありました。
 
 
臨済宗円覚寺派管長 横田南嶺

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