第1326回「出張イス坐禅」

出張イス坐禅を行ってきました。

先日北鎌倉にある東慶寺様のご依頼で、イス坐禅の指導をしてまいりました。

東慶寺の今の和尚は、円覚寺の修行道場で長年修行された和尚であります。

熱心に毎日の管長日記も聞いてくださっているようであります。

管長日記を聞いてくれていると、当然イス坐禅についても十分ご存じなのです。

私がイス坐禅を始めるようになった経緯や、今どこでどのようなイス坐禅の会を行っているかなども、よく知ってくれています。

そして、先だっての六月の円覚寺で住職研修会を行った折に、私がほんの短い時間ですが、イス坐禅を行ったのを体験してくれたのでした。

終わったあと、すぐに私のいた控え室にお見えになって、一度指導して欲しいと御依頼をいただいたのでした。

いいと思えば即座に決断、即座に行動に移す所は素晴らしいものです。

私も喜んで参りましょうとお伝えしたのでした。

その後日程の調整などをして、先日ようやく東慶寺でイス坐禅の会を開催したのでした。

東慶寺の広い書院で、十数名ほどの会であります。

私の行っているイス坐禅は、体をほぐす体操などが長いので、これくらいの人数がやりやすいものです。

しかも時間も二時間たっぷりありますので、じっくりできました。

まず和尚のご挨拶があって、この会を開催するまでの経緯についてお話くださいました。

そして私はいつものように体をほぐしていくことから始めました。

しかしながら、この会を開催することになって私には一抹の不安がよぎりました。

いつものイス坐禅は、都内の会議室で行っています。

あえて多くの社会人の方が仕事をなさっている環境で行っています。

畳もない、窓から見える自然もない、鳥の声も聞こえないし、風も感じられません。

そんな中で大自然といえるのは、お互いの体ひとつであります。

この体をしっかり調えて大自然を感じてもらうようにしているのです。

ところが今回は、東慶寺という素晴らしい環境の中で行うのであります。

しかも参加者はいつもの坐禅会の方だというのです。

単純に考えて、いつもの坐禅でいいのではないかということなのです。

畳が敷いている素晴らしいお座敷です。

窓の外には大自然の景色が目にはいります。

風も吹いていますし、鳥の声もします。

こんな素晴らしい環境に身を委ねて、畳の上にしっかり坐ればこれ以上のものはないのです。

私のイス坐禅は、そんな環境にはゆけない、行く時間がないという方の為でもあります。

こんないい環境で、和尚のご指導のもとで坐っているので十分で、私のイス坐禅など余計なことではないかという思いであります。

しかし、東慶寺の坐禅会が素晴らしいことはいうまでもありませんが、毎日東慶寺で坐れるわけではありません。

やはりそれ以外の日は、それぞれ、イスの暮らしをしているのであります。

東慶寺に行って畳の上で足を組んで坐るだけが坐禅ではないはずなのです。

毎日の暮らしそのものが道にかなうのが禅の目指すところです。

それこそ平常心是れ道というものであります。

それから体をほぐしながら、こんな話をしました。

畳の上で足を組んで坐るというのはよほど慣れないと苦痛であります。

慣れてきても長い時間足を組むというのは苦痛が生じます。

この苦痛が問題なのです。

ただの苦痛なのですが、人間はこの苦痛に耐えると、この苦痛に特別な意味を見いだそうとしてしまいます。

足の痛いのを我慢して坐ると、それなりの満足感、充実感が得られるのであります。

今日も頑張ったという気になるのです。

足の痛いのを耐えて坐った自分は、すこし立派になったように感じたりしてしまいます。

もっとも人生において耐えるということは必要なことですから、苦痛に耐える坐禅も意味がないわけではありません。

辛抱して動かないというのも修行であります。

しかし、それだけでは十分ではありませんし、そこに禅の本質はないと思うのであります。

体と呼吸と心が調って大自然と一体になるというのがまず目指すところなのであります。

この大自然との一体というところが、自我が消えて空になったともいうのであります。

そんな話をしながら、体の末端からほぐしてゆきました。

手の指先からほぐしてゆきました。

普段どうしても手には力が入り、力んでいますので、指を回したり、伸ばしたりしながらほぐしてゆきました。

その前にやはりノビをしました。

ノビは大事です。

思い思いにノビをしてもらったのです。

伸びる、伸ばす、ゆらす、ゆるむということをイス坐禅では目指しています。

伸びて、それから更に伸ばすのです。

手の指一本一本を伸ばしてもらいました。

そして手を揺らして緩めていったのでした。

手の指を緩めるだけでもずいぶん体が楽になります。

それから肩をほぐしてゆきました。

そこでタオルなども使って肩甲骨をほぐしてゆきました。

そうしておいて、足に移りました。

足はテニスボールを、お寺で用意してくれていましたので、テニスボールを足の拇指球、小指球、踵で踏むという動作を繰り返しました。

それから足の指をまわしたり、足の裏を刺激したりして、足の裏の感覚をしっかりさせました。

そのうえで、今回は暑い中で、暑さの疲れもあると思いましたので、お腹を指で押さえてお腹を緩めるというのも行ってみました。

これも効果的だったようです。

それから最後に首を調えました。

首を伸ばして緩めて、そして更に目を緩めました。

目も緊張しているので、独自の方法で目を楽にしてもらいました。

そこまでやっていると一時間があっという間に過ぎていました。

そうしてイス坐禅で大事にしている腰を立てる体操を行いました。

これはイス坐禅のタオルにもプリントしていて、簡単に誰でもイスで腰を立てることができるものです。

そこまでやって坐りますと、私自身、足はしっかり床を踏みしみて、腰が立ってどっしりと坐れます。

とても心地よいのです。

背筋も心地よく伸びて、肩にも余計な力が入っていません。

うまくできたと思って坐っていました。

みなさんの様子を拝見してもとてもきれいな坐り方になっています。

体のこりがとれて、腰が立っているとそれだけで美しくみえるものです。

十五分ほどですが、ゆったり深く坐れました。

そのあと経行を行いました。

本当は歩いて体をほぐすのが経行なのですが、動かない経行であります。

息を吸いながら右足をあげ、息を吐きながら足を下ろします。

更に息を吸いながら左足をあげ、息を吐きながら足を下ろすというのをゆっくり行います。

だんだんと足を上げるのを小さくしてゆきます。

二センチ、一センチ、更に5ミリと小さく足を上げて下ろしてゆき、最後にはほとんど動かさずに体重の移動だけで、踵から息を吸い、踵から息を吐くようにしてゆきます。

この経行も深い瞑想状態に入れます。

そして更に二回目の坐禅に入りました。

二回目の坐禅では内観の法を独自に行いました。

おなか、こし、あし、足の裏を感じて坐るのです。

はじめにおなか、こし、ふともも、ふくらはぎを手でこすって感じてもらいました。

足の裏は床をこすって感じてもらいました。

あとは坐って、おなか、こし、ふともも、ふくらはぎ、足の裏と感じてゆきます。

吸った息をおなかにためて、こし、ふともも、ふくらはぎ、そして足の裏へと息が出てゆくのを観察します。

更に足の裏から、ふくらはぎ、ふともも、こし、おなかへと息が入ってくるのを観察するのです。

これを繰り返して坐っていました。

二時間もあっという間です。

終わっておいしいシソのジュースが配られました。

感想や質問をうかがっていました。

まず和尚が、とてもよかったと言ってくださいました。

イスに坐っているという感じではなくなり、大地にしっかり坐っている安定感を覚えたと仰っていました。

有り難い感想でした。

ほかにも空になった感じがしたと言ってくださった方もいてうれしくなりました。

質問などもいろいろいただいて、お答えしました。

本当に心地よい、充実した二時間の坐禅でした。

出張イス坐禅の会は、まずは成功でありました。

九月には、松本市の神宮寺様でも出張イス坐禅を行います。

少しでも増えてくれると有り難いことであります。
 
 
臨済宗円覚寺派管長 横田南嶺

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