第1405回「楽しみ、その中にあり」

妙心寺で行われた円福寺老師の開堂に参列した明くる日は、花園大学の授業でありました。

京都に行くには往復の時間がかかりますので、妙心寺の儀式に私の授業を合わせるようにしました。

その日は、朝から行事が続く日となりました。

午前9時に禅文化研究所に行って、YouTubeの撮影をしました。

十月は、禅文化研究所では六十周年の記念事業があったので、撮影が出来なかったのでした。

久しぶりの撮影となりました。

まずは墨蹟紹介の動画を撮りました。

この墨蹟紹介、ただいま禅文化研究所所蔵の墨蹟について、その読み方、意味内容、そして書いた人物がどんな人なのかを解説している動画であります。

ご覧くださる方はあまり多くないのですが、墨蹟に興味のある方にとっては、良いことだろうと思って、なんとか頑張って継続しています。

書と画とを交互に紹介していますが、今回は、書であります。

円覚寺の中興大用国師の一行書を紹介しました。

これは数ある大用国師の書の中でも逸品といってよい墨蹟であります。

大用国師のご生涯も解説しました。

それから、研究所のYouTubeでは、書籍紹介を行ってきましたが、今回から新シリーズとして、「山田無文老師の『般若心経』に学ぶ」と題して動画を撮影しました。

これはこれから続いてゆきます。

般若心経をみなさんと一緒に学んでゆこうという企画であります。

禅文化研究所発行の山田無文老師の『般若心経』という本があります。

これをもとにして、般若心経について解説してゆきます。

般若心経の一節をとりあげて、それに対する無文老師の言葉を紹介し、それに私が言葉を添えるというものです。

今回は、経題の「摩訶般若波羅蜜多心経」を解説しました。

これから本文に入ってゆきます。

みなさんと一緒に般若心経を学んで参ります。

そうして十時前に大学の総長室に入りました。

その日はいつもの二時限目の授業を担当することになっていました。

「禅とこころ」という授業です。

月に一回で講義をしています。

今期は、「禅僧の逸話に学ぶ」と題して講義しています。

第一回は達磨大師の逸話を紹介しました。

二回目は唐代禅僧の逸話に学ぶでした。

三回目は、宋代の禅僧の逸話に学ぶでありました。

四回目は、鎌倉時代から室町時代にかけての禅僧の逸話に学びました。

そして今回は江戸時代の禅僧の逸話に学ぶです。

江戸時代で誰を取り上げようかとずいぶん悩みましたが、鈴木正三と盤珪禅師と白隠禅師とを取り上げました。

この三人の禅僧の逸話を紹介しながら、禅について学んでみたのでした。

一般のみなさんも熱心に聴講してくださり有り難いことであります。

いつもならそこでお昼休みなのですが、今回はお昼休みにも仕事が入りました。

これがなんとも有り難いお仕事でした。

花園大学の卒業生で、今回バリのパラリンピック女子柔道で金メダルを取られた廣瀬順子さんとの対談でありました。

大学の卒業生でパラリンピック金メダルとは素晴らしいものです。

授業の前に、担当の方と打ち合わせをして、授業を終えてすぐに、控え室で廣瀬さんにお目にかかりました。

ご主人もご一緒に来てくださっていました。

控え室でお目にかかって一番感じたのは、笑顔の素敵な明るい方だということでした。

お昼休みを利用して凱旋セレモニーを行ったのでした。

花園学園の理事長から、花園学園スポーツ栄誉賞・目録を贈呈し、花園大学からは学長が花園大学スポーツ賞・目録を贈呈しました。

そして同窓会からは副会長が特別賞・目録を贈呈しました。

そのあと廣瀬さんと私とで二十分ほど対談させてもらいました。

対談は、今までかなりの数を行ってきていますが、毎回緊張するものです。

特に公開で、時間が決められていると、その時間内に終えないといけませんので、どのように進行して最後にもってゆくか、ハラハラします。

司会はなく、私が聞き役となって話を進めました。

まずは柔道を始めたきっかけからうかがいました。

柔道が題材になっている少女漫画の主人公に憧れて、小学校五年生の時に始められたのでした。

そして中学校、高校も柔道部に所属していたそうなのです。

インターハイにも出場なされたのでした。

高校卒業と同時に柔道はひと区切りとしていたそうです。

最初は広島の大学に入学していたらしいのですが、一回生のときに病気になり、中退せざるを得なくなったそうです。

もう大学に行くことは無理かなと思っていたのですが、リハビリセンターにいた職員さんが、花園大学の卒業生で、花園大学では目の不自由な方も支援してくれるという話を聴いて、花園大学に行こうと決められたのでした。

先生や職員、そして良い仲間にめぐり合えたと語ってくださいました。

大学としてはとてもうれしいことであります。

しかし、花園大学には柔道部はありません。

大学三年生の時に視覚障害者柔道をはじめ、近所の道場で練習されていました。

大学卒業後に柔道を仕事として就職をすることになり、それからパラリンピック出場を目指すようになったのでした。

そうしてリオのパラリンピックでは銅メダルを受賞し、東京では五位入賞、そして今回のパリでは金メダルを取られたのでした。

パラリンピック女子柔道金メダルは日本初だというのです。

学生へのメッセージをお願いしたところ、あきらめずに頑張ることの大切さを、心を込めて話してくれました。

頑張ったら頑張っただけの意味があると語ってくれました。

最後に私から廣瀬さんにお祝いの色紙を差し上げました。

かねてから楽しむという言葉が入ったのがいいと言われていましたので、論語から「楽しみ、其の中に在り」という言葉を書いて謹呈しました。

論語に「粗末な飯をたべて水を飲み、うでをまげてそれを枕にする。楽しみはやはりそこにもあるものだ。」という言葉があります。

そこから取ったのでした。

廣瀬さんは、柔道では笑ってはいけないと教えられていたそうなのです。

しかし今のご主人と出会われてから柔道を楽しむように変わったのだと仰っていました。

同じく視覚障害者柔道をなさっているご主人との出会いは、廣瀬さんにとってとても大きかったのだと思います。

笑ってもいい、楽しくやったのだというのです。

これは素晴らしいことだと思いました。

素敵な笑顔は楽しんでおられるからだと分かりました。

それで素晴らしい成績をおさめられたのです。

そのお昼のセレモニーを終えて、そのまま禅文化研究所に行って運営委員会を行っていました。

鎌倉に帰ったのは夜遅くなっていましたが、素晴らしい方と対談できると、疲れも残らないものです。
 
 
臨済宗円覚寺派管長 横田南嶺

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