第1332回「青山老師のお寺へ」

青山俊董老師のお招きで、塩尻の無量寺に行ってまいりました。

初めて無量寺にお参りしたのは、もう五年前になります。

八月の末に毎年無量寺では「禅の集い、信濃結集」というのを行われています。

令和元年二〇一九年にお招きいただいて九十分ずつ三回の講義を行ったのでした。

一回目は私の今日まで出会って来た素晴らしい師について話し、二回目には坂村真民先生の詩について話し、そして三講目には、観音様の話をしたのでした。

その会が終わったときに、なんと青山老師から来年もお願いしますと頼まれたのでした。

それでお引き受けしてお参りするつもりが、令和二年からコロナ禍となって、その夏は延期、次の夏も延期、また次の夏の延期となって、とうとう五年ぶりの開催となったのでした。

この間に、青山老師は重い病を患われたりされていました。

昭和八年のお生まれでもう九十二歳でありますから、心配していましたが、先日無量寺にお参りしてお目にかかるととてもお元気そうで安堵しました。

それでも一週間前まで入院なさっていたそうなのです。

青山老師は、愛知県一宮にお生まれになって、五歳の時にこの塩尻の無量寺にお入りになっています。

十五歳で得度されて、愛知専門尼僧堂で修行されました。

駒澤大学、大学院を卒業され、四十二歳で無量寺の住職になられ、さらに四十三歳で愛知専門尼僧堂の堂長に就任なされています。

平成十八年には、無量寺の住職を退任されていますが、尼僧堂の堂長は今も現役でいらっしゃいます。

さらには令和四年には大本山総持寺の西堂にも就任されています。

松原泰道先生ともご縁が深く、この塩尻の結集にも何度も講師をおつとめになっているのであります。

そんな青山老師に招かれて無量寺でお話させてもらえるとは有り難いご縁というほかありません。

かつてはこの無量寺に百名を超える方々がみな本堂に寝泊まりして修行されていたのでした。

それがやはりコロナ禍を経て宿泊は無しにして二日間と短くして開催されました。

私は、今回は、臨済録に学ぶとして三回の講義を担当したのでした。

第一講は「無位の真人ー自己の素晴らしさに目覚めるー」、

第二講は「随処に主と作るーどんなところでも主体性を持つー」

そして第三講は「活潑潑地ーいきいきと生きるー」としました。

はじめに開会式に参列しました。

青山老師が導師となって読経がなされました。

おみ足がご不自由なようでありますが、さすがに堂々たる大導師のお姿に拝む思いでありました。

私が来るというので、本堂に入ったところには古川大航老師の墨蹟をかけてくださっていました。

それから私の控え室には、松原泰道先生の「花無心、蝶を招く」の書を掛けてくださり、その途中に花園大学の学長を務められた大森曹玄老師の書を掛けてくださっています。

それぞれのご配慮には頭のさがる思いであります。

控え室の床の間のお花もまたすばらしいもので、青山老師がお生けくださったとのことでした。

控え室でお茶をいただいていると、青山老師が塩尻の話をしてくださいました。

塩尻の名前の由来でありました。

敵に塩を送るという話があります。

上杉謙信と武田信玄とは、当時熾烈な戦いを繰り広げていました。

信州は海がないので。塩がとれません。

今川や北条から塩を止められてしまい困っていました。

そんな折りに、塩がなくてこまっている武田に上杉謙信は、相手の弱みにつけこんで勝利しようとはせず、塩を送ったという話です。

塩をはこぶ「塩の道」のおわりだったことから、塩尻になったという話でした。

そこで信州では塩を使った和菓子が多いと教えてくださいました。

青山老師は、

怨親をこえて塩をば送りましし
 いにしえ人の徳をしぞ思ふ

という和歌をお作りになったというのです。

お菓子をいただきながらもこんな有り難いお話を承りました。

それからもうひとつ、参加者の方がお使いになるところには余語翠厳老師の「好夢」という書が掛けられていました。

これは法華経の安楽行品にある言葉だと教えてくださいました。

好夢は「好き夢」です。

どんな好き夢かというと安楽行品には、次のように書かれています。

春秋社『現代日本語訳 法華経』から正木晃先生の現代語訳を引用します。

「あなたは、未来世において、無限大の智恵をもつ如来になるでしょう。

あなたがおさめる仏国土は、どこもかしこも清らかで、その広いことといったら比類ありません。

そこには、出家僧と尼僧と男女の在家修行者がいて、あなたにむかって合掌し、『説法してください』と言うでしょう」

また、自分が山林のなかにいて、正しい修行にはげみ、もろもろの領域にわたる真実のすがたを見極め、深い瞑想に入って、そのなかで全宇宙にあまねくおられる如来たちにお会いするでしょう。

あなたがお会いする如来たちは、からだを金色に輝かせ、三十二相をおもちです。

この三十二相は、その一つひとつが、それぞれ過去世における百もの福徳の結果として獲得されたものなのです。

あなたは如来たちから教えを聞き、聞いた教えを、こんどはほかの人々のために説くでしょう。以上が、あなたが見るすばらしい夢の体験です。」

というのです。

無量寺には青山老師のもとで修行された尼僧さんたちが大勢お手伝いなされていました。

お坊さんも在家の方々もみな青山老師のもとで教えを聞いて学ぶ会というのは、まさに好き夢のような素晴らしい会なのであります。
 
 
臨済宗円覚寺派管長 横田南嶺

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