第1356回「名月のイス坐禅」

九月のイス坐禅の会は、中秋の名月の日になりました。

都内のビル群の中でもお月様は照らしてくださるのです。

イス坐禅の会も昨年六月以来毎月継続してきています。

はじめは三十名で行っていましたが、最近は五十名の方で行っています。

毎回お見えくださる方が多いのです。

会のはじまりに、久しぶりにイス坐禅に見えた方が、この会はすぐに満席になって、なかなかとれなかったけど、ようやくとれたのだと仰っていました。

これは有り難いやら、申し訳ないやらであります。

はじめた時には、三十名も人が集まるのだろうか、継続などできるのだろうかと不安がいっぱいでした。

そもそも坐禅というと、座布団の上に足を組んで坐るもので、イスに坐って坐禅になるだろうか、坐禅したと満足してもらえるだろうかと心配でありました。

会場は、東京駅の八重洲口から歩いてすぐの会議室をとっています。

ほんとうに、イス坐禅のまわりの部屋では、いろんな企業が会議をしているのです。

そんな中で坐るのです。

お寺で坐禅会を行うと、お寺に入るというだけでもすでに坐禅したような気持ちになれます。

畳の上で、本堂でご本尊さまの前で、ほのかに香るお線香の香りを感じるとそれだけで、もうかなり心は落ち着くのです。

しかし、会議室には畳も本尊さまももちろんありませんし、お線香を焚くこともできない、無機質な空間なのであります。

六時半から八時半までの二時間の会であります。

今回も関西方面からお越しくださった方もいました。

会のはじめに私が少し話をしたのですが、会をはじめて私自身が、一番満足していると感じると申し上げたのでした。

毎回いろいろ工夫するのですが、実際に月に一回みなさんとここで坐ると、実に身心共に調うのです。

自分で坐るのとはまた違った深い静けさを感じることができます。

これはなんとも言えないのです。

森の中にいるようだといつも申し上げるのですが、森の深さが毎回深まるように感じます。

今回も坐ってみて、更に森の深いところに入って坐った気持ちでした。

深い森の中に自分自身が溶け込んで坐っているように感じられたのでした。

まず主催者が、納得できないといけませんが、まずは主催者が満足していることは確かなのであります。

おそらく、毎回参加してくださっているみなさんも同じような思いではないかと想像しますと申し上げたのでした。

イス坐禅の会で行っているのは、体をほぐす時間が長いのですが、どのワークも簡単なものばかりなので、少し習えばご自宅でじゅうぶん出来るものです。

しかし、やはり皆で実践すると、その場の空気がとても心地よくなります。

この感覚は一人では味わえないものであります。

今回も私自身がワクワク楽しみにしながら行ったのでした。

先日は久しぶりに紙風船を使いました。

これははじめに息を吹き込まずに、ポンポンと手で紙風船を下から天井に向けて打つことで膨らましてゆきます。

それが実に楽しいのです。

無心になってポンポンと紙風船で遊ぶのです。

これだけで場の空気が和らぎます。

坐りやすくなってゆくのです。

坐るということは周りの空気も関わります。

緊張したいやな雰囲気では、ゆったり心地よく坐ることは難しいのです。

周りの部屋では、真剣に会議をしている中で、自分たちの部屋では紙風船で遊んでいるのです。

そんなことを想像しただけで楽しくなります。

そして紙風船を押しつぶさないように胸の前で持ちます。

そして頭上にあげてみたり、胸に戻したりします。

今回は、坐禅で大事なノビを入れるために、紙風船を押しながら頭上に持ち上げて更に天井に向かって全身を伸ばしてゆきました。

この伸びる感覚が大事なのです。

坐ったときに、背骨が伸びるようにして坐るのです。

それからペットボトルを使って肩周りをほぐしてゆきました。

肩甲骨の周りを動かすと、汗ばんできます。

固まった体が緩んでくるのが感じられます。

それからイスに坐って足の指、土踏まず、足の裏、足首を入念にほぐしてゆきます。

足のうらを刺激するだけでも体にはよいものです。

足首回しは一番のおすすめです。

毎日やってほしいものです。

足の指も一本ずつ丁寧に回してゆきます。

それから両手の親指を足の裏の湧泉というツボにあてて息を吐きながら、全身を前に倒すようにして湧泉を刺激してゆきました。

これもいいものです。

それから足の指に力を入れるようにワークを行いました。

これは効果的だったようで、終わった後に感想にも、足の指の感覚がようやく分かったとか、足の指が丹田とつながっているのを実感できたというお声をいただきました。

足の指は体の末端ですが、とても大事であります。

そしてみぞおちに手の指をあててみぞおちを緩めるようにしました。

それから逆に丹田には力が満ちるように、手を軽く握って、小指側でトントンと軽く丹田をたたいてもらいました。

こうしてトントン丹田をたたくだけで、丹田に意識がゆき、自然と充実します。

それから仙骨を上下にさすります。

仙骨のすぐ上の腰椎五番あたりを前に倒すようにします。

この丹田をトントン軽くたたき、みぞおちに指をいれて押さえるようにしてゆるめ、仙骨を上下のさすってあげると、自然を腰が立って丹田が充実します。

そして今回はじめて試みたのが、鬨の声坐禅であります。

これは鈴木正三の語録『驢鞍橋』には、「仏法と云は万事に使ふ事也。殊に武士は鯢波(ときのこえ)坐禅を用べしと云て、自ら鯢波を作給。」

とあります。

イスに坐ったまま、「エイ、エイ」と肘を曲げて力をためて、手を斜めに突き上げながら、「オウ」と息を吐くのです。

この時にお尻がイスから浮き上がるくらいに手を突き上げると腰がすっと立つのです。

息も呼気を三回続けるのでとてもよいものです。

「エイ、エイ」と二回小さく吐いて「オウ」と大きく吐き出します。

手を伸ばし、腰も伸びて立つのです。

あとで感想には「力みなく自然に力湧いてくる感じでよかったです」というお声もいただきました。

そのようにして前半の坐禅を終えて、今回はお月様にまつわる話をしました。

それから少し休憩して、二回目の坐禅です。

たったまま足踏みや足の踵で呼吸をすることをしていました。

これも毎回行っていますが、実に心が落ち着きます。

そしてイスに坐って呼吸を調えるワークをやってみました。

これは吸う息に重点をおいて、吐く方は自然と出る感じです。

ふわーっと吐くので、とてもリラックスができるものです。

それから眼を休ませるワークを少し行いました。

これが自分でもとてもよかったのでした。

そのあとの坐禅が実に全身よい意味でゆるんで坐ることができました。

改めて眼が疲れているのだと分かりました。

かくして二時間はいつものようにあっと言う間に終わり、からだ全身がほぐれてすっきりした気持ちになれました。

一日の疲れもとれて、身心ともに活性化した思いであります。

帰り道ではきれいな中秋の名月を拝むことができました。

今月も有り難いイス坐禅の会でした。

ホトカミの吉田さんも参加してくれて、早速その感想をnoteに書いてくれていました。

「今回は足の指から足の裏、かかと、膝、太もも、座骨、そして腰へと、全体が繋がっている感覚を得ることができました。」という感想はうれしいものです。

また後半の坐禅が、

「前半よりも、とても心地よい時間でした。

都会のビルの一室でありながらも、自分一人ではなく、50名近くの皆さんと集まって、こうして座っていることが、なんか自然の中にいるように感じられました。」

と書いてくれていました。

有り難い感想であります。

また来月も続けてゆこうと思っています。
 
 
臨済宗円覚寺派管長 横田南嶺

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